この石工をお銀様は一間に招じて、そうして自分が手ずから認《したた》めたらしい、一枚の絵像を取り出して――無論、いかなる場合でも、お銀様は、人と面を合わせるに、覆面というものを外《はず》したことがありません。
甲府から呼んだ老石工に、一枚の絵像をつきつけたお銀様は、まず絵像そのものだけで、老石工を驚倒させてしまいました。
藤原家の勢力のほど、その家庭内の風評、ことにお銀様というものの存在について、この老石工は熟知している。さればこそ、こうして、迎いを受けると、時を移さず親方が出向いて来たものに相違ないが、この絵像をつきつけられた時は、さすがの老石工が唖然《あぜん》として、身ぶるいをしてしまいました。
右の絵像に現われた一種異様なグロテスク。これは多分お銀様の創作というものでありましょう。
今まで、神社仏閣の表に、多くの伝説あるグロテスクを刻むことに慣らされた老石工も、この画像には驚かされました。
「お嬢様、これはいったい、何様なんでございますか。わしが若い時分日光へ参りました時、あれにお若様というのがありましたが、そんなんでもございません。箱根の姥子《うばこ》には山姥の石像がございますが、それでもございません。染井の仙人堂には……」
「そんなものじゃありませんのよ、わたしの出鱈目《でたらめ》よ、強《し》いて名をつければ、悪女様というんでしょう」
「アクジョ様でございますか」
「ええ、仮りに悪女様とつけておいて下さい。親方、ひとつこれを丹念にこしらえ上げてみて下さい、もう立てるところは、ちゃあーんときまっていますから」
「なるほど――」
怖る怖る手に取り上げて、まぶしそうに老石工はその絵像をとって、つくづくと打眺めました。
巨大なる蛸《たこ》の頭を切り取って載せたように、頭頂は大薬鑵であるが、ボンの凹《くぼ》には※[#「くさかんむり/毛」、第4水準2−86−4]爾《もうじ》とした毛が房を成している。
巨大な、どんよりとした眼が、パッカリと二つあいていて眉毛は無い。
鼻との境が極めて明瞭を欠くけれども、口は極めて大きく、固く結んだ間へ冷笑を浮ばせている。頭から顔の輪郭を見ると、どうやら慢心和尚に似ているが、パッカリとあいた眼は、誰をどことも想像がつかない。
だが、そのパッカリとあいた、力のないどんよりとした眼が、見ようによっては、爛々《らんらん》とか
前へ
次へ
全257ページ中113ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング