。そこで茂太郎も応酬しないわけにはゆきません。
「でも、学者がそいったよ」
 この場合、茂太郎は、自分を当面に出さないで、学者を矢面《やおもて》に立たせました。
「学者? ドコの学者が、鯨が魚でないなんていう学者は、唐人の寝言だろう」
「でも、立派な学者がそいったよ」
 茂太郎は、どこまでも学者を楯《たて》に取る。これは名は現わさないが、多分、駒井甚三郎のことではなかろうかと思う。
「ばかばかしいよ、学者が言おうと、誰が言おうと、そんなことを本当にする奴があるものか、論より証拠、まだ鯨の本物を見ないんだろう」
「ああ、見ないけれど、立派な学者がそう言うから」
「立派な学者もヘチマもあるものか、本物を一目見りゃわかることだよ、百聞は一見に如《し》かずだあな」
 今度は番兵さんが得意になりました。
 茂太郎がいかに大学者を引合いに出そうとも、現に見ていることより強味はない。自分は幾度も鯨の本物を本場で見ている――という確乎《かっこ》たる自信があるから、番兵さんの主張は、さすがの茂太郎も、如何《いかん》ともすることはできない。しかしまだ、どうしてもあきらめきれないものがあると見えて、
「マド
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