かっぷくのいい、色つやの真紅な、愛嬌たっぷりなのがすれちがいざまに、若い船頭と面《かお》を見合わせ、にっこり笑いながら棹を外《そ》らして、若い船頭を突っつく。
「あ、痛えな」
若い船頭が、仰山な叫び方をすると、
「いたけりゃ辛抱していろよ、誰も巳之《みの》さんをおん[#「おん」に傍点]出す人はねえだから」
「それじゃ、おっかの舟貸すか」
「乗れねえに、持ち上げろよ」
「ナニョー、しんだ」
「うるせえな、このオベラカシ」
白雲の耳には、何ともわからないざれごとを言い合って、舟は左右にわかれました。
十五
大船津の浜へのぼると、そこで田山白雲は、物珍しい一行を見てしまいました。
数十人の団体が、手に手に小旗を持って船を待っている。その小旗を見ると、どれにも、これにも、「十五文」と記してあるのがおかしい。
団体の中に、一人、頭へ置手拭をして、突袖《つきそで》ですましこんでいる若いのが、これが一行の大将株と覚しく、これの襟《えり》にさしてあった旗だけが少し違い、
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「十五文、橋庵先生《きょうあんせんせい》」
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