の娘は、ちょっと横を向いて睨《にら》む真似《まね》をしながら、
「なんてこま[#「こま」に傍点]しゃくれたことを言うんでしょう、お前の言うこととは思えない」
「だって、お嬢様は、以前は一晩でも、あたいがいなければ淋しがったり、恋しがったりしていたくせに」
「まあ、いいからお放し……ね、いい子だから、あんまり、しつっこ[#「しつっこ」に傍点]いと人に嫌われますよ」
「ねえ、お嬢さん、あっちへ行きましょうよ」
「どこへさ」
「あっちへ」
「あっちとはどこさ。まあ、この絵をみんな見てやりましょうよ、知らん顔をして、こんなにかき散らしているのが、ホントに憎らしいから」
「あたいは絵なんか見たくない、それに留守の時に、人の物をだまって見るなんて、悪いから」
「だって、お前、向うだって、だまって人の姿をうつしたりなんかして、知らん顔をしているんだもの……おたがいさまよ」
「行きましょうよ、あっちへ」
「どこ[#「どこ」に傍点]だっていいじゃないの」
「でも、居慣れたところの方がいいでしょう」
「やんちゃな子だねえ……」
 その時、窓の下の海岸を、人が走り出して、
「鯨だ、鯨だ、鯨が来たよ!」
 室
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