、お前、踊ってごらん」
「見ていればわかるけれども、自分じゃ踊れませんよ」
「出鱈目《でたらめ》の踊りなら、いくらでも踊るくせに。さあ、おいで、今度は二人で、威勢のいいところを踊ろう」
「何を踊りましょう」
「何をって、お前のなんぞはみんな出鱈目じゃないか、何でもいいように踊り、あたしの方で合わせるから」
「それじゃ、潮来出島《いたこでじま》を踊りましょう、でなければ、さんどころ、さんどころ」
「何でも勝手に踊りなさい、さあ」
兵部の娘がさしのべた手をとった茂太郎は、やっぱり般若の面を左の小腋《こわき》にして立ち上ると、勢いよく、
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いざやさんおき
津島の参りてさんならさんなら
さんどころ
エイサノエイサノエイ
[#ここで字下げ終わり]
と足拍子面白く踊り出したから、兵部の娘もそれに合せて、茂太郎の手を引いたまま、道行《みちゆき》ぶりで踊り出しました。
友は持つべきもの、弁信法師がついていれば、こうまで有頂天《うちょうてん》にはなるまいに。
片手の自由が般若の面に殺されているのに、片手は兵部の娘に取られているものですから、茂太郎は身体《からだ》だけで丸太ン棒のハネるように、ハネ踊るのがおかしくもあり、窮屈千万でもあるようでしたから、兵部の娘も少しからかってやる気になり、海の水がさして来たところで、握っていた手をキュッと締めて軽くつき放すと、
「あっ!」
といって被害を受けたのは当人ではなく、寝るから起きるまで、後生大事《ごしょうだいじ》の般若の面が、あっという間もなく、腋《わき》の下から放れて飛びました。
その途端、面《かお》の色を変えた茂太郎は、それでも幸いに般若の面が海の方へ落ちないで、砂の上へ飛んだものですから、ホッと安心して拾いにかかるのを、兵部の娘が横合いから取り上げてしまいましたから、茂太郎は、
「いけないよ、いけません、ほかのいたずらと違いますよ、もし、海の方にでも落ちて流れてしまってごらんなさい、かけがえが無いじゃありませんか」
心から恨めしげに、手をさしのべたが、兵部の娘は、それを高く差し上げて返しません。
茂太郎はよりかかって手を伸ばす、兵部の娘は反身《そりみ》になって、それをいよいよ渡すまいとする――そのすぐ後ろは海です。波がもう兵部の娘の踵《かかと》を嘗《な》めている。
「あぶないよ」
「あぶない!」
どち
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