医道の二柱の神として祭るものが出て来ること請合《うけあ》いです」
「そう言われると、ちっとばかり恥かしいのさ、徳本は、拙者の先輩だが、道三の三喜におけるが如き出藍《しゅつらん》ぶりがねえから、お恥かしいよ」
 そうして、門前につないでおいた馬に跨《また》がろうとした時に、弾丸の如く走《は》せ来《きた》って、飛びついたものがあります。
「先生、いいかげんのことがいいぞ」
 やにわに飛びつかれたので道庵は、一たまりもなく、馬からころげ落ちてしまいました。
 馬から転げ落ちた道庵を、土まで落ちない先に受け留めた米友は、それを馬の背の上へ押し乗せて、自分がその口を取って走るというよりは、馬の口にブラ下がって走りました。
 こうして米友が、川岸の溺死人の騒ぎ場へ道庵を連れ込んだのは、長い時間の後のことではありません。
 現場へつれて来られてから後の、道庵先生の働きぶり。
 道庵はまず、かけつけて、畳をむしりこわしたりなんぞして、藁火《わらび》を焚《た》いて、溺死人をあぶって騒いでいるのを押しわけて、その被害者を一応診察して、助かるべきものか、助かるべからざるものかを検断して、これは助かるという見込みをつけました。
「肛門から出血もしていないし、手足も硬直しているというわけではない、水は飲んでいるが、そう多分のことはない、多分のことはないが、それを吐かせきってしまうのが急務だと考える」
 こう考えたものでしたから、米友をして、この溺死人の両足を肩にかけて、充分に身をかがめさせて、二十間ほど走らせました。そこで溺死人が、飲んだ限りの水をブクブクと吐きつくしてしまった時、米友が、また以前の場所に立戻った時は、死人は立派に生き返っておりました。
 その一方、道庵は土地の人を指図して、河原の砂の上に火をたいて、暖かくしておいて、その上に被害者を寝かせて、なお砂を火であぶらせて、その熱いのを、別府の浜の砂湯でするように、被害者の五体の上へ、眼と口だけを残して覆いかけました。
 そうして、一ぷくしている間に釣台が出来たものですから、すっかり元気を回復した被害者を、ともかくそれに載せて、最寄《もよ》りの人家まで運ばせることにしました。
 誰も、この時の道庵の扱いぶりの洒々落々《しゃしゃらくらく》として、手に入り過ぎて、人を食った振舞を見て、餅屋は餅屋だと思わぬ者はありません。
 米友は、道庵
前へ 次へ
全187ページ中166ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング