流して、人に使われるように出来てるものだな」
「いかがですか先生、ここを下りますると、あの一枚岩の上へ出ますが、酒肴《しゅこう》を持たせてあれへ参り、あの上で風景をながめながら、お話を伺いたいものでございます」
 僧形の同職がすすめるのを道庵は、首を横にふって、
「まあ、せっかくだが、興は満なるを忌《い》むということがあるから、この辺でチビチビやりながら、寝覚の床を鷹揚《おうよう》にながめて、貴殿の人国記を承っていれば、もうもうこれ以上は罰《ばち》が当る、このうえ押して、谷からすべり落ちて、川へでもころげこんでごろうじろ、生きちゃあ帰れねえ、ホラ、この通りの足もとなんだから」
といって、道庵は、フラフラと立ち上って見せました。
 道庵の足もとのあぶないのは、今にはじまったことではない。その足もとのあぶないことを自覚して、そうして、多少の冒険をも慎《つつし》もうとするところに、道庵の聡明さがあるといえばあるのです。
「足もとが、こんなだから、足もとの明るいうちに失礼して帰ると致しましょう、どうもはや、おかげさまで寝覚の床をとっくりと見物したから、寝ざめの悪いこともござるまい――ああ、そうだ、浦島の伝説、あれはあんまり当てにならねえ」
といって道庵は、あぶない足もとを踏みしめて縁を下りました。
 かくて上々機嫌で、臨川寺の方丈の縁を下りた道庵先生は、門前につながせた馬に乗ろうとして、例の僧形の同職に送られて庭を歩く途中、寝覚の床を眼八分に見渡しながら、
「しかし、ここで浦島太郎が釣を垂れたというのは、少少怪しいね。そもそも浦島が子の伝説は……」
と道庵は、古事記や、日本書紀をひっぱり出して、浦島の人別《にんべつ》を論じて、どうしても、あの時代に浦島太郎が、木曾の山中に来て釣をするなんていうことはない、と断定しました。
 僧形の同職は、それを聞いて同感の意を面《おもて》に現わし、
「御尤《ごもっと》もでございます、浦島太郎が、この寝覚の床で釣を垂れたというのは、全く証拠のないでたらめでございますが、一説には、こういう話がありますんですな、足利《あしかが》の末の時代でもございましたろう、川越三喜という名医が、この地に隠栖《いんせい》を致しましてな、そうして釣を垂れて悠々自適を試みていましたそうですが、その川越三喜は百二十歳まで生きたということで、土地の人が、浦島とあだ名をつ
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