親玉もやりきれねえのさ。そこでふところが寂しくなると、人に足もとを見られるようになる」
そろそろ、道庵の返事が脱線しかけたのを、僧形の同職はさあらぬ体《てい》にもてなして、
「何しろ大公儀にしても、われわれにしても、暮し向きは財政が元でございますからなあ、そこで天保の改革の時に水野越前守殿が……何といっても、あのくらいの豪傑でございますから、早くもこの木曾の森林に眼をつけてしまいました」
「なるほど」
「尤も、それとても越前守殿が眼をつけたというわけではごわせんが、しかるべく建議をしたものがあるんでございましてな」
「何といってね」
「尾州領のあの木曾山を三年間、幕府へお借上げになりますならば、当時幕府の財政も充分に整理ができる見込みだと、こうそれ、越前守殿に吹込んだものがあるんでございますな」
「よけいなことを吹込みやがったね」
「尾州家にとってはよけいなことですが、幕府の財政整理のためには、無類の妙案なんでございましょう、越前守殿ほどの鋭敏な政治家が、それをなるほどと思召《おぼしめ》さないわけにはゆきません」
「なるほどと思ったってお前、親藩とはいえ、他領ではないか、どうなるものか」
「しかし、時勢が時勢でございますからなあ。それに、執権がボンクラ大名と違って、名にし負う水野越州でございますから、直ちにそれを採用して断行することになり、尾州家を呼び出し、将軍の御前において、水野越前守殿自ら、この趣を尾州家に申し入れようとの段取りとなりました」
「さあ、そこだ……そこで尾州の奴、何と出た……様、様、様、様」
道庵がここで、あわわをするように口を抑《おさ》えました。僧形の同職は少しもひるまず、
「左様、その時、尾州を代表して、江戸城へ罷《まか》り出でたものが、尾州の家老鈴木千七郎殿でございました」
「なるほど、こいつは大役だ、家老、骨が折れるだろう、何しろ天下の将軍の面前で、水野越前守を向うに廻すんだからなあ、この役は大役だ、道庵が買って出てもいい役だ」
道庵が一方ならず力瘤《ちからこぶ》を入れましたが、僧形の同職は相変らぬ調子で、
「そのお召しによって、江戸幕府へ罷《まか》り出でた鈴木千七郎殿は、尾州家の家老でございましてな」
「そりゃ大抵きまっているだろう、ヘタな人間は出せないからな、家老でも、大石内蔵助どころでなくっちゃあ勤まらねえ、九太夫なんぞをやって
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