そうして彼は、臨川寺の門に程近いところまで来ると、どうも再びその門の中へ踏み込んでみたくなりました。
 ここは、もう一応確めてみねばならぬところだと思いました。

         二十九

 宇治山田の米友をして、こんなにまで気を揉《も》ませておきながら、道庵先生は何をしている。ちょうど米友が寝覚の床の一枚岩の上に立ちはだかった時分に、先生はようやく臨川寺《りんせんじ》の方丈に着きました。そうして、方丈の毛氈《もうせん》の上へ坐り込んで、そこで寝覚の床の全景を見下ろしながら、早くも一瓢《いっぴょう》を開いたものです。
 道庵先生と相対している、同じ年配の、頭だけを僧体にした見慣れない人品《じんぴん》が一つあります。これはこの寺の方丈ではありますまい。頭を丸くしているところから推《お》してみると、御同職のお医者さんであるらしい。この辺に何かの縁で知己のお医者さんがあったのか、そうでなければ途中、ゆくりなく旧知同職にめぐり逢って、ここまで相伴うたものか、もしまた医者でないとすれば、俳諧師とか、茶人とかいったような人で、人品から言って僧侶でないことは明らかです。
 道庵はと見れば、これは頭の恰好《かっこう》が、また少し変てこになりました。剃《そ》り上げて百姓にしてみたけれど、気がさしてならない。まして夏でも寒いという木曾のあたりを通ってみると、剃り慣れない頭へ風がしみてたまらないらしい。そこで髻《もとどり》を以前の通りにクワイの把手《とって》にしてみましたが、前髪のところに、急に毛生薬《けはえぐすり》を塗るわけにもゆかないから、熊の毛か何かを植え込んだ妙な形のハゲ隠しようなものを急ごしらえにして、ゴマかしてあるようです。しかし、ゴマかし方が器用なものですから、ちょっと見には誰も気がつかないから占めたものです。
 かくて、臨川寺の方丈の上で、道庵先生と、僧形《そうぎょう》の御同職(仮りに)とは相対して、酒をくみかわしながら、寝覚の床をつるべ落しにながめて閑談をはじめました。僧形の同職が先以《まずもっ》て言いけらく、
「いかがでござる、道庵先生、木曾街道の印象は……」
「悪くないね」
 道庵が仔細らしく杯《さかずき》を下へ置いて、
「第一、この森林の美というものが天下に類がないね……尤《もっと》も、ここに天下というのは日本のことだよ、日本だけのことだよ、同じ天下でも支
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