治山田の米友は、一時は重荷を卸したようにホッと息をつきましたけれども、再考すれば、不幸はどこにあっても不幸です。誰の上に落ちて来ても、不幸は不幸に相違ない。溺死という不幸が、自分の身に最も親近の道庵先生の上に落ちていなかったということは、まず安心には相違ないが、同じような不幸が、他の何人《なんぴと》かに落ちていたとすれば、それを憂うる心が二つであってはならぬ。道庵先生でなくってよかったという安心は、他の人だからかまわないという理窟にはならない。
溺れた人の不幸は、自分に親近であると否《いな》とに拘らず不幸である。親近なるが故の同情は、他人なるが故に同情の価なしという理窟にはならない。
そこで米友は第二段として、当然、わが道庵先生の身代りに立たせられたような不幸の人を、見舞うの心を抱《いだ》き起させられました。
「水を飲んだかね、怪我はしなかったかい」
といって、武士階級の人の間にわけ入りました。
しかし、狼狽、混沌の限りを極めている人々は、この奇怪なグロテスクの見舞に、さのみ注意を払うものがありません。従って、その見舞の言葉に、明確な謝意を表するものもないのです。
そこを米友は、かなり無遠慮に近寄って、現在の被害者をまともに見舞いました。それは只今、川から引き上げられたままの一人の若い、この武士階級の仲間のうちでもかなり身分のありそうな若い人が、引き上げられて正体なく、沙上《さじょう》に置かれていると、それを取囲んで、
「御主人様」
「鈴木氏」
「気を確かに持たっしゃい」
「おーい」
「鈴木氏――おーい」
口々に叫んで、それを呼び生かそうと努力することのほかには、他念がないらしい。
呼び生かそうとは努力するが、その努力は狼狽《ろうばい》を伴っているから、いずれも無効です。努力すればするほどに、要点を外《はず》れてしまって行くのです。
「火を、早く火をお焚き下さい」
「おい、早く焚附を、薪を持て」
「薪ではいけない、藁火《わらび》を……藁を」
彼等は口々に騒ぐけれども、この武士階級を取巻いている土地の人が、かなり輪をかけた狼狽ぶりで、ほとんど物の用をなさないらしい。
「何よりも早く医者を、医者を呼べ、医者を呼ぶことが急務だ」
喧々囂々《けんけんごうごう》として、騒いで且つ狼狽するがために、いよいよ救急の要領を外れ、努力の能率がみんな空費されてしまうこと
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