ハ貴《き》ニヨク、或ハ賤《せん》ニヨシ、上ハ王皇ニ陪シテ栄ト為サズ、下ハ乞児《きつじ》ニ伍シテ辱ト為サズ、優游シテ以テ歳ヲ卒《をは》ルベキモノ、唯我ガ技ヲ然《しか》リト為ス……エヘン」
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 ここでも、わざとしからぬ咳払いを一つして、荘重《そうちょう》に句切りをつけましたが、急に大きな声で、
「ナムカラカンノトラヤアヤア」
と叫び出しました。
 これは全く意表に出でた文句の変化であって、前段に読み来《きた》ったところのものは、たしかに医書であります。その医書のうちの会心のところ、道庵からいえばかなり手前味噌になりそうなところを二三カ所、朗々として読み上げて来たのですけれど、それは職業の手前|咎《とが》める由は無いが、ここに来って急に、「ナムカラカンノトラヤアヤア」と言い出したのは、どう考えても理窟に合わないことです。木に竹をつぐということはあるが、これは医につぐに呪《じゅ》を以てするとでもいうのでしょう。しかし、ここでは聴衆というものがないのだから、道庵自身がそれを問題にしない限り、弥次《やじ》る者も、笑う者もありませんから、いよいよ図に乗って、
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「山東洋、ヨク三承気ヲ運用ス。之《これ》ヲ傷寒論ニ対検スルニ、馳駆《ちく》範ニ差《たが》ハズ。真ニ二千年来ノ一人――」
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 二千年来ノ一人……というところにばかに調子を振込んで道庵が力《りき》み返り、
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「中古ニ隠士|徳本《とくほん》ナルモノアリ、甲斐ノ人也――」
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 そこで案《つくえ》を一つ打って、すまし返りました。
 読みながら道庵は、自分ひとりが高速度的にいい心持になって行くと見えて、盛んに、朗読だか、暗誦《あんしょう》だか、出鱒目《でたらめ》だか、遠くで聞いていてはわからない文句を並べました。
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「余|嘗《かつ》テ山東洋ニ問フテ曰ク、我、君ニ事《つか》フルコト三年、技進マズ、其ノ故如何。洋子|曰《のたまは》ク、吾子《ごし》須《すべから》ク多ク古書ヲ読ミ、古人ト言語シテ以テ胸間ノ汚穢《おえ》ヲ蕩除スベシ。余、当時|汎瀾《はんらん》トシテ之ヲ聞キ未ダソノ意ヲ得ズ、爾後十余年、海内《かいだい》ニ周遊シテ斯ノ技ヲ試ミ、初メテ栄辱悲歎ノ心、診察吐下ノ機ヲ妨グルコトヲ知ル――」
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