その獄門台というやつが、あんまり有難くねえやつだが、栂《つが》でこしらえて、長さが二間の二つ切り一本、高さは六尺、そのうち二尺五寸は根になりまさあ、横板の長さが四尺に厚さが一寸、それを柱一本につき五|挺《ちょう》ずつ、つまり、十本のかすがいで足にくっつけ、その真中に二本の釘を押立《おった》てて、その下を土で固め、それへ人間の首をつき刺して、そうして、梟物《さらしもの》が出来あがるんだよ。それにも二人掛けと三人掛けがあって、二人掛けの方は長さが六尺、三人掛けは八尺……その側に捨札が立って、朱槍《しゅやり》と捕道具《とりどうぐ》が並ぶ、向って右手の横寄りに番小屋があって、そこへ非人が詰めることになっている、首の梟しは大抵三日二夜に限ったものだが、捨札の方は三十日間立てっぱなし……」
 この辺で七兵衛は笠を取って、紐《ひも》を結んでしまい、
「お仕置場というやつは、大抵場所のきまったものだが、そのうちにも処成敗《ところせいばい》というのがあって、悪事を働いたその場所で、臨時に首を斬られるやつもあるのさ。そういう時には珍しがって、近郷近在が一生の話の種と、見なくてもいい奴まで見に来るものだが、見て五日や七日は、飯が咽喉《のど》へ落ちないそうだ、なかには一生それが附きまとって、ああ、あんなものを見るんじゃなかったと、生涯苦に病《や》んでいる奴もある、見ねえ方がいいさ。若い衆、お前さんなんぞも、もしや眼前にそんな噂《うわさ》があっても、決して見物に出かけなさるなよ、出世の妨げになるから、あんなものは決して見ねえ方がいい」
 七兵衛は、細々《こまごま》と申し含めるようなことを言って、与八を煙《けむ》に捲きながら、以前の裏の戸を押開けて、外の闇に消えてしまいました。
 まもなく、七兵衛の道中姿を、多摩川を一つ向うへ隔てた吉野村の、柚木《ゆき》の即成寺《そくせいじ》の裏山の松の林の中に見出します。
 非常に大きな赤松の林、ここから見ると山間《やまあい》が海の如く、前岸の村々の燈火《ともしび》が夜霧にかすんで、夢のような趣でありました。
 大きな松の木蔭に立って、いま出て来た水車小屋のあたりを見下ろしている時分に、月がようよう上って、奥多摩の渓谷の半面を、明るく照らしたその光で見ると、七兵衛の眼にも露が宿《やど》るらしい。

         二十六

 木曾《きそ》の福島の宿屋で、今
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