段が違いますからな、あれあの通りだ、一方が三間走るところを、一方は僅か二三尺ですからな、あれで、抜け道を見つけ出した日にゃたまりません」
「左様、奴、いつもなら、とうにその抜け道を見つけてるんだが、今日は不意を食ったもんだから、いよいよ血迷ってやがる」
「あ、やりましたぜ、一太刀あびせられた奴がありましたよ、立ちふさがった奴が一人やられましたよ。ごらんなさい、あの通りくも[#「くも」に傍点]の子を散らしたように逃げ出しました。こいつもおかしい、人が散って手薄になったのに、奴、またこっちへ舞戻って来ますぜ、何をしてるんだ。ああ、危のうござんすよ、血刀を振《ふる》って真一文字にこっちへ向いて来ましたぜ、いよいよ絶体絶命だ、何をするかわからない!」
 足軽が怖れをなして、タジタジとなるその六尺棒を、山崎がひったくって、
「がんりき[#「がんりき」に傍点]、くたびれたろう」
「え、何が、何がどうしたんだ」
「がんりき[#「がんりき」に傍点]、御苦労さまだ、その辺で一休みさせてやろうか」
「あ、譲先生ですか、人が悪い、第一お前さんが悪いんだ!」
 山崎譲は四五間離れたところから棒を飛ばして、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵を地上に打ち倒してしまいました。
 打ち倒したがんりき[#「がんりき」に傍点]の傍に山崎譲がよって来て、仰向けに倒れていたのを、比目魚《ひらめ》を置き返すように、俯伏しにひっくり返してその帯を取り、着物を剥ぎ、懐中物、胴巻まですっかり取り上げて、本当の裸一貫として、その後――両手ではない片手を、十分にひろげたところへ、例の六尺棒を裏へあてがって、手早く棒縛りを試みてしまいました。
 そうして全く動けないようにして、また比目魚を置き返すように表を返して、大道の真中へ、置きっ放し、
「誰も手をつけると承知しねえぞ」
 こういって山崎譲は、がんりき[#「がんりき」に傍点]から剥ぎ取った着物、持物、その懐中物、胴巻に至るまで、一切まとめて小脇にかいこみ、ふらりとその場を行ってしまいます。
 その後、がんりき[#「がんりき」に傍点]が仰向けにひっくり返されながら、弱い音《ね》を吹いて、
「結局、弱い者いじめだなあ。南条先生、五十嵐先生、あんなところをあのままにして置いて、このがんりき[#「がんりき」に傍点]だけに、窮命を仰せつけようなんて、弱い者いじめだなあ。だ
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