うけ取れない。
 兵馬は、ただその部屋だけに多少の心を残しましたけれど、一面に蒲団が積み込んであるのだから、それを押しくずしてまで侵入する気にはなれませんでした。
 いずれまた篤《とく》と……そこでまた炉辺へ帰って無駄話をしていると、ふと気がついたのは――もっと以前に気がつきそうなものであったのに――今になって気がついたのは、あがりはなに、隅の方へ押しつけられて、つづらが一つ置きばなしにされてあることです。あまり無造作に置き捨てられてあるから、それでかえって兵馬の気がつかなかったとも思われます。
 つづらといえば、どんな山の中にでも備えてある日用器具の一つだが、兵馬が特に見覚えのあるように感じたのは、そのつづらに巴《ともえ》の紋がついていることで、そうして、きのうの途中、四道将軍のような鎧武者《よろいむしゃ》がしょって、馬に乗ってまっしぐらに走らせたそれが、このつづらに似ている、いや、それに相違ないのだと兵馬は信じました。
 ところで、あれは例の八面大王に扮《ふん》したのが、古例によって、女を奪ってあれに入れて、この山へ来たのだ、そうして田村麿将軍の手でその女を取返されたのだ、ということになっている――ではひとつ、その納まりを聞いてみようではないか。
 それを聞いてみると、誰もとんと返事のできる人はない。
 第一、そんなお祭の古例をさえ知った者はない。このつづらにしてからが、誰が持って来て、誰が置きっぱなしにしておいたのだか、それすら満足な返事を与えるものがない。
 この上、尋ねるすべもなし、また必ずしも探求する必要もないので、兵馬は引返すうちに夜になりました。
 どてらを重ねて夜の寒さを防ぎ、人定まった後というけれど、昼のうちからほとんど人の定まったようなところを、兵馬は小提灯《こぢょうちん》をともして、ひとり廊下を歩いて、例の広い部屋部屋の外を通ってみました。
 しかし、かりそめの目的は、例の蒲団部屋にあるので、あの蒲団の砦《とりで》のうしろには、優に二人三人の人をかくし住まわすには余りがある、とこう睨《にら》んだのを見過ごすわけにはゆきません。
 ほどなく、その部屋の前に立って様子をうかがうと、これは意外千万――たしかにこの蒲団の砦のうしろあたりで火影がする。薄明りながら火をともして、その中に隠れている人があるらしい。
 さしったりと、兵馬は胸をおどらせました
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