もので、到底行を共にするに堪えないから、ある程度でお先へ御免を蒙《こうむ》ることにする。
そうして兵馬が、長持を追いぬけて、有明道《ありあけみち》を急ぐことしばし。
ほとんど一町ともゆかぬ時に、戞々《かつかつ》と大地を鳴らす馬蹄《ばてい》の響きが、後ろから起りました。
そこで、兵馬もこれがために道を譲らねばなりません。道を譲って何気なくその馬を仰ぐと、これもまた驚異の一つでないことはない。
上古の、四道将軍時代の絵に見るような鎧《よろい》をつけた髯男《ひげおとこ》が一人、巴《ともえ》の紋のついたつづらを横背負いにして、馬をあおってまっしぐらにこちらをめがけて走らせて来るのです。
おかしい! 夷《えびす》が今時、何の用あって、この街道を騒がすのだ。しかし、それは、やっぱり以前の長持と同じように、ある神社の祭礼の儀式のくずれだろう――と見ているうちに、馬も、人も、隠れてしまいました。
だが、あの古風な、四道将軍時代を思わせるような鎧はいいが、調和しないのは、あのつづらだ。あれがあまりに現代的で、調和を破ることおびただしい。祭礼の帰りに、質を受け出して来たのではあるまい。同じことなら、もう少し工夫がありそうなものだ。もう少し故実らしいものを背負わせたらよかろう……と、よけいなことながら、そんなことまで、兵馬の頭の中をしばらく往来している時に、
「はい、御免なさいよ」
気がつかないでいた、今の先、その緩慢ぶりにひとり腹を立って追いぬいて来た、あの悠々閑々たる長持が、はや兵馬の眼の前へ来て、道を譲らんことを求めているではないか。
このまま立っていると、やはりこの長持にさえ道を譲らねばならぬ。馬も千里、牛も千里だと思いました。
そこで、兵馬は思案して、今度はしばらくその悠々閑々たる長持氏と行を共にし、少しく物を尋ねてみたいという気になる。
「この長持の中は、何ですか」
「これはね、八面大王の剣《つるぎ》でございますよ」
「刀ですか」
「剣ですよ」
「ははあ……そうして、いま、馬で盛んに飛ばして行った、あれは何ですか」
「あれは八面大王ですよ」
「ははあ……」
兵馬は、それがわかったような、わからないような心持で、
「八面大王というのは、いったい、何の神様ですか」
「左様……」
悠々閑々たる仕丁《しちょう》は、そこで兵馬のために、八面大王の性質を物語りはじめ
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