ことですね、円山応挙などにやらせると、モッと精密に色わけをするかも知れません」
「いや、精密な色わけは、やっぱり西洋人の方が上でしょう。水の色を分類するのみならず、水の温度をも、彼等は精密に研究していますよ」
「なるほど……水の温度というものがありましたね、それも数字で現わさねばなりません。温度の高低が、色の深浅と関係がありますか知ら?」
 田山白雲も、知らず識《し》らず頭を数字の方に引向けられました。
「温度を計るといううちにも、時間と場所はもとより、海面と、海中と、海岸とで、それぞれ温度が違います、それを計るには、第一に、精良なる寒暖計というものがなければなりません、その寒暖計を適度の海中に下ろすには、またそれに相当した機械が必要です」
「なるほど――」
「そうでなければ、海水のある程度の水を、いちいち汲み上げて、それを、外気の影響を受けないように、持上げる器械が必要です……私はこのごろ、その器械を一つ工夫しました」
「ははあ。そうして、この水の温か味というものは、大抵どのくらいあるものですか?」
 田山白雲は、海を見て、その感情の奥のひらめきに打たれて、水が活《い》きている、と叫んだのは今にはじまったことではないが、駒井のような冷静な見方にもまた、相当の興味を引かれると見えて、水の色を、十一に分類したその根拠と種類を、もう少し尋ねてもみたし、また水の温度を、いちいち数字的にも知っておきたいらしい。
「海の水の温度は、大抵三十度より上にのぼることはなく、零点の下三度より降ることはありませんよ」
「その一度二度というのは、あなたがお考えになった器械によってつけたのですか?」
「いいえ、物の寒暖を計るには、西洋では、学者の間に一定の器械があるのです、つまり、寒暖計というものにも幾種類もあって、学者の仲間では、そのうちのCというのを用います。昨年の十月、私がそれによって調べてみたところによると、この辺の、外洋の表面の温度は二十四度前後、三百尺ほど下ると、十七度前後になってしまいます」
「下へ行くほど、つめたいのですね」
「無論です……北海の方へ行けばモット相違があるでしょう、温められた河の水が注ぎ込む近海ほど、温度が高いのですね。今年の七月土用の頃、水田の中の水をはかってみたら、四十度から五十度の間でありました」
「そうですか」
 田山白雲も、ここでは、水が活《い》き
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