ッ児の見本でしょう。その意味で道庵先生が知っているのです。
 大宮から上尾《あげお》へ二里――上尾から桶川《おけがわ》へ三十町――桶川から鴻《こう》の巣《す》へ一里三十町――鴻の巣から熊谷へ四里六町四十間。
 熊谷の宿《しゅく》を通りかかって、芝居小屋の前で、気障《きざ》な男の水垂のげん[#「げん」に傍点]公を見た道庵先生が、
「どうもいけねえ、昔はそれ、芝居に、なかなか見巧者《みごうしゃ》というやつがいて、役者がドジをやると半畳をうちこんだものだが……そいつが隙《すき》がなかったね、聞いていて胸の透くようなやつがあったくらいだから、役者にもピンと来て、悪くいわれてもはげみ[#「はげみ」に傍点]にならあな、舞台に活気も出て来れば、お客も喜ばあな、うちこむ当人も無論いい心持で、それを見得《みえ》にやって来るところが可愛いものさ。ところが今時の半畳屋と来た日にゃ、下等でお話にならねえ、時代が変っているのに頭がなくて、鼻っぱしだけがイヤに強く、人のイヤ[#「イヤ」に傍点]がるようなことをいえば、それで抉《えぐ》ったつもりでいる。あのげん[#「げん」に傍点]公様などがいいお手本さ、あの男の口癖
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