しゃべ》り坊主の一つの癖であります。
「ですから、昨日《きのう》もああしてお前に逢えないで過ぎました、今日も逢うことができないで暮れようと致します、明日はどうでしょう……どうかして、わたしはお前をたずねだして逢いたいと思うけれども、今日ここで逢えないように、明日|彼《か》のところで逢えないかも知れません、或いは今生《こんじょう》この世で逢えないのかも知れません……といってわたしは、それを悲しみは致しませんよ、今生に逢えなければ後生《ごしょう》で逢いましょう、ね、茂ちゃん」
弁信はこういって暫く声を呑みましたが、また、ねんごろに言葉をつづけました。
「茂ちゃん、お前は後生というのを知っていますか……人間に生《しょう》を受けたこの世は長くても百年。五十年を定命《じょうみょう》と致すそうでございます。けれども生命の流れは曠劫《こうごう》より来《きた》って源《みなもと》を知ること能《あた》わず、未来際《みらいざい》に流れてその尽頭《じんとう》を知ることができないのですよ。五十年百年の命は、この長き生命の流れに比べますと、電光朝露《でんこうちょうろ》よりも、なお速《すみや》かなものだと思いませんか……後生がないという人は、一日の間に昼夜がないというのと同じことです、死は暫くの眠りでございます……」
ここに至ると弁信は、茂太郎に向って語るのだか、それとも、他の見えざる我慾凡俗の衆生《しゅじょう》に向って語るのだか、わからない心持になったと見えて、
「皆様、人間の死は一つの眠りでございます、眠りの間にも生命は働いているのでございます……ただ一日の夜は、正確な時間の後に万人平等に来りますけれども、人間の死にはきまりというものがございません、死の来る時だけは、人間の力で知ることができず、制することもできません。皆様、それを恨むのは間違いです、人は病気で死んだ、災難で死んだといいますけれども、この世で病気に殺されたり、災難に殺されたりした者は一人もあるものではございません……いいえ、いいえ、お聞きなさい、そうです、そうです、人間は決して病気や災難で死んだものではありません、この世につかわされた運命が、そこで尽きたからそれで死ぬのです……今生《こんじょう》の善根が、他生《たしょう》の福徳となって現われぬということはなく、前世の禍根が、今生の業縁《ごうえん》となってむくわれぬというため
前へ
次へ
全161ページ中160ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング