か、流し元の窓や、唐紙《からかみ》の破れを繕《つくろ》った反古《ほぐ》をよくよく見ると、それがみんな一茶自筆の書捨てなんですよ。知らずにいる子孫は、いい反古紙のつもりで、それを穴ふさぎに利用したものです。あんまり驚いたもんですから、わたしどもはそれを丁寧にひっぺがしてもらって、こうして持って帰りました。それからこの渋団扇《しぶうちわ》、これもあぶなく風呂の焚付《たきつけ》にされるところでした。ごらんなさい、これに『木枯《こがら》しや隣といふも越後山』――これもまぎろう方《かた》なき一茶の自筆。それからここに付木《つけぎ》っ葉《ぱ》があります、これへ消炭《けしずみ》で書いたのが無類の記念です。一茶はああした生活をしながら、興が来ると、炉辺の燃えさしやなにかを取って、座右にありあわせたものに書きつけたのですが、こんなものをその子孫が私どもに、屑《くず》っ葉《ぱ》をくれるようにくれてしまいました。あんまり有難さに一両の金を出しますと、どうしても取らないのです、そういう不当利得を受くべきはずのものじゃないと思ってるんですな。これは、先祖の物を粗末にするというわけじゃない、その有難味のわからない純な心持が嬉しいのですね。それでも一茶自身の書いた発句帳、これはその頃の有名な俳人の句を各州に分けて認《したた》めたもの、下へは罫紙《けいし》を入れて、たんねんにしてあった、これと位牌《いはい》、真中に『釈一茶不退位』とあって、左右に年号のあるもの、これだけは大切に保存していました」
俳諧師は、話しながら、渋団扇だの、付木っ葉だのを取り出して良斎に見せました。
その時分、お雪ちゃんは、ただ一人で広い湯槽《ゆぶね》の中につかっておりました。
今、髪を洗ったばかりと見えて、それをいいかげんに背から湯槽の縁《ふち》へ載せ、首だけだして身体《からだ》をすっかりと湯につけています。
ここの湯槽は、一間に一間半ぐらいなのが八つあって、その八つの湯槽には、それぞれ名前がついているのだが、そのなかで疝気《せんき》の湯がいちばん熱く、綿の湯というのが名前の如く、やわらかくてぬるいことになっているが、それは盛りの時分のことで、今はどれも同じようなもので、お雪はやわらかな綿の湯につかりながら、白骨《しらほね》の名の起る白い湯槽《ゆぶね》の中を見ていました。この湯槽は石灰分がくッついているせいか、ど
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