信さんに相談して来るから、待っていて頂戴」
「弁信さんてなあ誰だい」
「あたいのお友達……今、縁側に腰をかけていたでしょう」
「あ、あの、小さい坊さんか」
「ええ、あの人に相談して来るから、待っていて下さい」
「それには及ばねえよ」
がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は、茂太郎の左の手を容易には放そうとしないで、
「おいらが行って話をつけて上げるから。もともとお前はこっちのものなんだ――こっちといっては少しなんだが……親方のところへ帰る分には、誰も文句のいい手がなかろうじゃねえか」
「でも……」
「いいッてことよ」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は茂太郎の手を引張りました。
「ああ、弁信さあん」
茂太郎は声をあげて助けを求めるの叫びを立てようとするのを、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵が早くも、合羽《かっぱ》の中へ抱え込んでしまって、
「おとなしくしな」
哀れむべし。清澄の茂太郎は、無頼漢《ならずもの》の羽掻《はがい》に締められて、進退の自由を失ってしまいました。せめて、口笛でも吹くだけの余裕があったならば、こういう時に、狼が来てくれたかも知れない。
しかし、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵とても、この子供を、そうむごく扱うつもりでしているのでないことは、おおよその挙動でも知れる。誰かに拐《かどわか》されて、こんな山の中へ連れ込まれて、動きが取れないでいるのを、再び世に出してやるのだというくらいな腹はあるらしい。だから、むしろ親切でしてやるつもりが見える。
そうして、とうとうがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵と、清澄の茂太郎とは、どこかへ行ってしまいました。
一方、弁信法師が狂気のように騒ぎ出したのは、それから後のことであります。
弁信は、報福寺の提灯《ちょうちん》をともして、寺の門を駈け出して、
「茂ちゃあーん」
と幾度か叫び、幾度かころげましたけれども、返事とてはありません。
「茂ちゃあーん」
宮の台の、たった今まで百蔵がいた石のところまで来て、またころんで起き上った弁信は、提灯を拾い取って見ると、幸いにまだ火は消えておりませんでした。
「茂ちゃん、どこへ行ってしまった、悲しい」
といって弁信が泣きました。
もう呼んでも駄目だと思ったのでしょう、提灯をさげたまま、しょんぼりと、宮の台の原の真中に立ちつくしています。
「
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