在らず、お銀様も、宇津木兵馬も、お雪ちゃんもいないところへ、なんだって今頃になって尋ねて来たのだろう。
果して見るだけ見、たたくだけたたいてみたがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は、なあんだ、つまらないという面《つら》をして、以前のところへ戻って来ると、弁信法師は相変らず縁に腰をかけていたが、茂太郎は再び九太夫をきめ込む。
「いや、どうもおかげさまで、大へんによい学問を致しました、まことに結構な建前《たてまえ》で……」
こんなお座なりを言ったがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は、未練気《みれんげ》もなく、この寺を辞して出て行ってしまいました。
そのあとで、弁信は、再び縁の下から這《は》い出した茂太郎をつかまえて、
「支那の道州というところは、どういう土地のかげんか、背の低い人が出るのだそうですね、大人になって身の丈《たけ》が三尺しかないのが出るのだそうです。で、それを矮奴《わいど》と名付けて、年々、朝廷に奉《たてまつ》ることになっていたのです」
「背の低い人間を天朝様へ上げるの。そうして、天朝様では、それを何にするの」
「珍しいから朝廷へ置いて、お給仕にでも使うんだろうと思います、それを道州|任土貢《じんどこう》といいました」
「ジンドコウ?」
「ええ、土地の産物を貢物《みつぎもの》にするという意味なんでしょう」
「そうですか」
「その度毎に悲劇――が起るんですね。つまり任土貢に売られるものは、親も、子も、兄弟も、みんな生別れです、嫌ということができません」
「それは無理でしょう」
「無理です。それですから白楽天が歌いました、任土貢|寧《むし》ロ斯《かく》ノ如クナランヤ、聞カズヤ人生ヲシテ別離セシム、老翁ハ孫《そん》ヲ哭《こく》シ、母ハ児《じ》ヲ哭ス……ある時、その道州へ陽城という代官が来ました」
「支那にもお代官があるの」
「ええ、お代官といったものでしょうか、日本のお大名ともちがうし……お代官よりは、もう少し格がいいんでしょう。その陽城という人が、道州を治めに来ました時、この任土貢《じんどこう》を、どうしても天朝様へ納めることをしませんでした」
「その時には、生憎《あいにく》、背の低い人が見つからなかったのでしょう」
「そうではないのです……陽城公は考えがあって、ワザ[#「ワザ」に傍点]とその背の低い人を朝廷へ奉らなかったのです。そうすると、天子様
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