ありました」
「ははあ、その抜け穴が……」
 さてこそとこの連中が意気込んで、その抜け穴というのを検分に出かけたあとで、七兵衛はソロソロと天井裏を這《は》い出して破風《はふ》を抜け、いつか廊下の下へおり立って見ると、そこへあつらえたように置き据えられた朱塗の賽銭箱《さいせんばこ》。しかも背負い出せといわぬばかりに紐《ひも》までかけてある。
 それを一揺《ひとゆす》りしてみた七兵衛は、行きがけの駄賃としてはくっきょうのもの、抜からぬ面《かお》で背中に載せると、燈籠の闇にまぎれてしまう。
 ちょうど、それと前後して、御行《おぎょう》の松の下を走る二人の者。前に手を引いているのはお絹で、あとのは千隆寺の住職。二人とも跣足《はだし》。
 ほどなく、神尾主膳の屋敷の中へ再び姿を現わした七兵衛。
 その時分、主膳は前後も知らず眠っておりました。
 その一間へ悠々とお賽銭箱を卸《おろ》した七兵衛は、早くも用意の裸蝋燭《はだかろうそく》を燭台に立て、その下で一ぷく。やがて、賽銭箱の蓋《ふた》を取ってかき交ぜ、燭台を斜めにしてのぞいて見ると、これはありきたりのバラ銭とちがい、パッと眼を射る光は、たしかに一分判《いちぶばん》、南鐐《なんりょう》、丁銀《ちょうぎん》、豆板《まめいた》のたぐい。これは望外の儲《もう》け物。しかしありそうなことでもあると徐《おもむ》ろにその獲物《えもの》の勘定にとりかかろうとするところへ、裏手で篠竹《しのだけ》のさわぐ音。
 ははあ、帰って来たな、と思いました。
 さいぜん、七兵衛が天井裏で眺めていた婦人の中には、お絹の姿が見えなかったのが不思議だが、あの女のことだから、うまく擦《す》り抜けたのだろう。これはたしかにあの女が帰って来たのだな、と思ったから、急にいたずら心が起りました。
 一番おどかしてやろうかなという心持で、フッとその燭台の火を消してしまいました。
 果して、立戻って来て、裏の篠藪からソッと枝折戸《しおりど》をあけて、入り込んで来たのは、千隆寺の住職の手を引いて、跣足《はだし》で逃げて来たお絹。ホッと息をついて、
「お前様、これが、わたくしどもの控えでございます、もう御安心あそばせ」
「いや、おかげさまで助かりました」
 やがて二人は廊下を通りかかると、その一室で音がする。その音は異様な音で、まさしく銭勘定の音であります。金、銀、青銅の類を取
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