るばかりです。
「う――ん」
といって、先生がおかしがるほどの理由を、その幟の中から見つけ出すことに、米友が苦しんでいると、
「アハハハハハハハ」
と道庵がわざとらしく、また大声で笑い、
「米友様、よくあの幟《のぼり》の文字をごらん、市川|海老蔵《えびぞう》――と誰が眼にも、ちょっとはそう読めるだろう。ちょっと見れば市川海老蔵だが、よくよく見ると、海老の老《び》という字が土《ど》になっていらあ。だから改めて読み直すと市川|海土蔵《えどぞう》だ、海土《えど》の土の字の下へ点を打ったりなんかしてごまかしていやがら。変だと思ったよ」
「そうかなあ」
 道庵にいわれて米友が、改めてその文字を読み直してみると、なるほど、海土蔵と書いて、海老蔵と読ませるようにごまかしてある。しかし、米友はごまかしてあったところで、ごまかしてなかったところで、道庵先生ほどにそれをおかしいとも悲しいとも思いません。
 というのはこの男は、まだ生れてから芝居というものを見たことのない男ですから、海老蔵が海土蔵であろうと、海土蔵が江戸ッ児であろうとも、大阪生れであろうとも、いっこう自分の頭には当り障りのないことですから、「そうかなあ」で済ましてしまいました。
 これには道庵も張合いがなく、さっさと歩き出して、テレ隠しに、一谷嫩軍記《いちのたにふたばぐんき》の浄瑠璃《じょうるり》を唸《うな》り出しました、
「夫の帰りの遅さよと、待つ間ほどなく熊谷《くまがい》の次郎|直実《なおざね》……」
 変な身ぶりまでして歩くほどに、やがて蓮生山熊谷寺《れんしょうざんゆうこくじ》の門前に着きました。
 道庵と米友は蓮生山熊谷寺に参詣して、熊谷次郎直実の木像だの、寺の宝物だのを見せてもらい、門前の茶店へ休んで、名物の熊谷団子を食べておりますと、そこへ若いのが四五人入り込んで来て、同じように熊谷団子を食べながら、威勢のいい話を始めました。
 それを道庵先生が聞くともなしに聞いていると、いずれも熊谷次郎に関する話で、なんでもこの若い人たちは演劇の作者連で、旧来の一谷嫩軍記《いちのたにふたばぐんき》では満足ができないから、直実に新解釈を下したものを書こうとして、わざわざここまで調べに来たものらしいのです。そこで道庵先生もその心がけに感心し、なお頻《しき》りに団子を食べながら若いものの話を聞いているうち、先生が早くも釣り込まれ
前へ 次へ
全161ページ中90ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング