いこ持ちの、日和見《ひよりみ》の、風吹き次第の、小股すくいの、あやつりの、小人雑輩の、紛々擾々《ふんぷんじょうじょう》たる中へ、これだけの悪まれ者を産み出した安房の国の海は光栄です。今でも小湊の浜辺に立ってごらんなさい、われは日本の柱なりという声を聞かずにおられませんよ」

         二十二

 田山白雲は、ここに当分足をとどめることになって、駒井の造船所を見たり、附近の名所をさぐったり、或いは一室にこもって、駒井のために何か一筆をかき残して置くといっていました。
 白雲の給仕役は例の金椎《キンツイ》です。まもなく白雲と金椎とは心安くなりました。
 今日は白雲が一室にこもって、長い筆をふるいながら絵をかいている。絵をかきながら鼻唄をうたっている。
[#ここから2字下げ]
ねんねんねんねん
ねんねんよ
ねんねのお守は
どこへいた
南条|長田《おさだ》へ魚《とと》買いに……
[#ここで字下げ終わり]
 そこへ不意に駒井甚三郎が入って来て、
「田山氏、鉄砲の試験をするから、見に行かないか」
 駒井はこの頃、小銃の製造に苦心していたが、それが出来上ったと見えて、白雲に同行をうながすと、
「お伴《とも》しましょう」
 白雲は直ちに絵筆をなげうちました。
 駒井は軽装かいがいしく、一挺の鉄砲と弾薬を用意して出かけると、白雲は例の駒井から借着の筒袖のつんつるてんで、そのあとについて行きます。
「駒井さん、僕はこういう岩畳《がんじょう》な身体《からだ》をして美人を描いているのに、あんたは虫も殺さないような顔をしていながら、殺生《せっしょう》な武器を作るのですね」
と白雲が言いますと、駒井が、
「なるほど、そういわれればそうですね」
 ほどなく馬場のようなところへ来て見ると、射撃の練習は今にはじまったことではないと見えて、場の一方に的《まと》が幾つもかけてありました。
 ここで駒井が三十間、五十間、百間と位置をかえて鉄砲を打つのを、田山白雲が見て感心しました。
「なるほど、商売商売だ」
 小さな厚紙の的をかけて置いては、それを、パチリパチリとうちおとしてゆく駒井の手腕は鮮かなもので、全く風采《ふうさい》に似合わないはなれ業《わざ》であると感心しないわけにゆきません。ことにこの鉄砲そのものが自分の手で作られ、英国製のスナイドルというのを分解して、それに自分の意匠を加えたものだと
前へ 次へ
全161ページ中84ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング