、いちいちの色の変化を現わしたつもり――でなければ現わすつもりでかきました、色ばかりではない、音までも……」
といって白雲は、何か急に悲しい色をその熱した満面に漲《みなぎ》らせ、
「音までも……といいたいのですが、不幸にして、私には辛《かろ》うじて高低の音階の程度だけしか出すことはできません。音律はある程度まで現わし得るかも知れませんが、音相に至っては、今のところ呆然自失《ぼうぜんじしつ》するばかりです。悲しいことです。この悲しさを今回の旅が、つくづくと私に教えてくれました」
 こういった時の白雲の面《かお》は、言おうようなき悲壮なものにうつりましたから、その論旨はわからないながら、その悲壮な色に駒井が動かされました。
 田山白雲は眼の中に涙をさえたたえて、言葉をつづけます、
「私が、浜辺に立って熱心に写生を試みていますと、一人の居士《こじ》が来ていいますことには、田山さん、あなたこの波の音を聞いてどう思いますか……と、こう問われたのです。そこで、ちょっと挨拶に困っていますと、この小湊の浜の波の音は、ところによって違います、あちらの沖で打つ波は、諸法実相と響きます、ここで聞いていると、他生流転《たしょうるてん》の響きに変りますね、汐入《しおいり》の浜では、歴劫不思議《りゃくごうふしぎ》が聞え、妙《たえ》の浦《うら》では南無妙法蓮華経が響きます、そのつもりで波の音を聞きわけてごらんなさい……こういわれましたから、私はナーニとその時は思いましたね、波の音にまで、そんな線香くさい響きがするものかと、その時は頭からばかにしてかかると、その居士《こじ》がいいましたよ、田山さん、あなたは水が生きている、波が七情をほしいままにしているといったではありませんか、生きているものの音《おん》に七情の現われはありませんか?……と、こういわれて私はハッと気がつきました。それお聞きなさい、大海の波の音が、今、諸法実相を教えていますといわれたとき、ゾッとしたのです」


 田山白雲は、大《だい》の身体《からだ》をゆすぶって、その目から涙をこぼして、拳をわななかせました。
 田山白雲は暫くして、昂奮から醒《さ》めたように冷静になって、
「日蓮の遺文集を読み出したのは、小湊滞在中の記念です。私はその十日の間に、日蓮の遺文全部を読みました。片田舎の子供が初めて海を見て、水が生きてる! といったように
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