いてやったこともある見知合いのなかです。
「やあ、珍しい、宇津木兵馬君、君はここに泊っていたのか」
兵馬も、逢いたくもない相手だと思いましたが、のがれるわけにはゆきません。
「これは仏頂寺、丸山の両君」
「君の座敷はどこだ」
仏頂寺、丸山の両人は、ほどなく兵馬の座敷へ押しかけて来ました。
兵馬はお銀様を憚《はばか》って、次の座敷へうつしておいて、やむを得ず火鉢をすすめ、この二人に応対すると、
「宇津木君、拙者は机竜之助に出逢ったぞ、しかも最近に――」
「え」
その言葉は、両様の意味で兵馬を驚かせました。その一つは、多年の敵《かたき》の消息。他の一つは、それを無遠慮に別室のお銀様に聞かせたくないとの心配。仏頂寺と丸山とは、そんなことに頓着なく、兵馬のために吉報をもたらしたつもりで得意になって、
「ついこの間、計らずもあの男に信州の塩尻峠の上で会ったのだが、その時は、それと気づかず、たった今、あれだなと思い出したようなわけだから、無論、おたがいに名乗りもせず、あの男の行先とても聞いてはおかなかったのを残念に心得ている。ところがここで、君に出逢ったのが勿怪《もっけ》の幸いとなった、われわれとても別段急ぐという旅ではないから、これから君と共に引返そう、引返してあの男のあとを慕ってみようではないか。君にとっては不倶戴天《ふぐたいてん》の敵、われわれも、もう一応、会っておかなければならないのだ、共に願ったりかなったりの好都合ではないか。かれはいま眼が見えぬ、眼は見えないが、その太刀先《たちさき》は少しも衰えない、次第によっては、われわれが君のため、後見の役目をつとめてもよろしい、ずいぶん、油断すべき相手ではない」
案の如く、お銀様に聞かせたくないことを、この男はズバリズバリとしゃべってしまったのみならず、ひとり呑込みで同行をとりきめ、まかりまちがえば、助太刀の役まで引受ける気取りでいる。これは兵馬にとって容易ならぬ有難迷惑だけれども、相手が相手、ことにこう乗り気になっている際では、いやといっても付いて来るに相違ない。そこでいやでもおうでも明日からは当分、この連中と道づれにならなければならぬ運命となる。
自分は、いいとしても、お銀様が、それは忌《いや》がるにきまっている。そこで兵馬は咄嗟《とっさ》の間《かん》にこう言いました。
「御両君の好意を有難く存じます、おかげで
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