、よそながら机竜之助にひっかかりのあったようなことをいう。
仏頂寺弥助が、足を踏みとどめました。
丸山勇仙が語りつづけていうことには、
「十津川の乱が平《たいら》いで後、藤堂方にたのまれて、拙者は医者の役目をしたり、書記のような真似をしていたが、その時、たのまれて人相書を幾枚も作った……そのなかに、ある少年が親とか兄弟とかの敵《かたき》だといって、人相書を註文して来たから、それを作ってやったのだが……その人の名が、たしか机竜之助、それで甲源一刀流の遣《つか》い手《て》と覚えていた。実は、乱徒のめぼしいものの人相書を幾枚も作らせられた後だから、大抵は忘れてしまっているはずだが、それだけを忘れないでいるのは、つまり、その時に問題が起ったからだ――」
「その問題は?」
「その問題が、それ、机竜之助は美《い》い男か、醜《わる》い男かという問題なのよ」
「ばかばかしい問題じゃないか」
「ばかばかしくないのだ、解釈のしようが人によって全然ちがうのだから……まず拙者がいわれるままに一枚をかいて見せると、それを見た一人が、机竜之助を、こんな美男子にかいてはいけないというのだ。けれども、いわれた通りにかけばこうなる――と主張したところが、そんな美男子ではいけないとおそろしい権幕、拙者のかいた下書をいじくり散らして、勝手な訂正を試みたものだから、それによって新たにかき直してみると、他の方面からまた苦情が出たのに、竜之助は、こんな尖《とんが》った貧相《ひんそう》な男ではないと。こいつには拙者も弱ったのだ、現在その人を見たわけではないのだからな。人の言葉によって、想像を助けられて描くのだから、どっちに附いていいかわからない。拙者がわからないばかりでなく、その席でまた問題が持上ってしまった。それでね、いったい、美男子の標準というものは、どういうのだと根本問題にまで立入って来たが、結局美醜は問題でないが、あの男が非常な魅力を持っていることは争われない、この絵にはその魅力が少しも現われていないということで、また新たに問題が湧き出した。それから拙者がいってやった、拙者は画家ではないから、その魅力なんというものは描き出せないから宜《よろ》しくたのむといってやったら、問題はまあそれだけになったが、不服は両方に残っている。人情というものは妙なものさ、竜之助非美男論者は、ほとんど絵に向って嫉妬のような
前へ
次へ
全161ページ中70ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング