やは確かにはわかりませんが、羅紗《らしゃ》の筒袖羽織に野袴を穿《は》いて、蝋鞘《ろうざや》の大小を差し、年は三十前後と思われるほどの若さを持っているのが、爽やかな声で言います、
「それから、あの奇怪な風采《ふうさい》をした少年、少年といおうか、或いは若者といおうか、正直にして怒り易い、槍に妙を得た、あれの幼馴染《おさななじみ》といった男は、どうしていますか。あの男を、そなたは御存じか……君《きみ》は絶えずあの男に逢いたがっていたのだが……」
「ああ、米友さんのことでございますか……」
と娘が答えた時に、大魔術の小屋で大太鼓と金鼓《きんこ》の音がけたたましく、鳴り出しましたから、墓地の中の二人も、これに驚かされ、問答の半ばでふたりいい合わせたように、この高い天幕の小屋を見上げますと、そこで計らずも、窓から見下ろしていたお角と面《かお》を見合わせました。
「おや?」
と驚いたのはお角です。こっちは窓に人がいると気づいただけですけれども、お角はこの墓地の中から、笠の面《おもて》を振上げたその中の人を見て、驚いてしまいました。その人は、もとの甲府勤番支配、駒井能登守に相違ないと思ったからです。
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