ります」
外行のような挨拶をして、そっと見物席の後ろへ廻ろうとすると、お角が、またそれを呼び留めて、
「かまわないから御簾《みす》の桟敷のね、あいているようなところへ入って、ゆっくりごらん」
「有難うございます」
お梅は再びお辞儀をして行ってしまいます。
まもなく、見物席の背後から隠れるようにして、正面東側、そこに御簾をかけた一列の桟敷の後ろへ来て、お梅は怖々《こわごわ》とその一端を覗《のぞ》いて見ました。
ここに、御簾の桟敷というのは、小屋がけとしては異例の設備であります。けばけばしくはないが、ともかく、この一列は御簾を下げてあって、ある一組の連中もここから忍んで見られるし、個人個人もまたここから多数の目を避けて、演芸だけを見得ることのような組織になっていました。
こういうことは、誰かしかるべき黒幕があって、相当の身分あるものの、市井《しせい》を憚《はばか》る見物のために、特に用意をしたものと見なければなりません。木戸口からは、どうもここへ案内されたものを見たことがないから、多分この表の水茶屋から案内された特別の客だけが、前約あって、ここへ送られて来るはずになっているものと
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