、傷ついたよりも、殺された方が幸いである。殺されて屍《しかばね》を荒原に横たえ、魂を無漏《むろ》の世界へ運んだ方が安楽で、傷ついて助けのない道を、のたり行く者の苦痛とは比較になるまい。
誰か通りかかる人はないか。通りかかって、このあわれな負傷者をいたわってやるものはないか。いたわってやる余裕と勇気がなけれは、せめて遠くから、その方角を教えてやれ。この男は時々、真直ぐな道をさえ間違えて、草原に迷い入り、南北をわすれてしまうではないか――傷ついたのみならず、彼はもう、眼が見えなくなっている。
ああ、この痛々しい足どり――だが、今となっては誰を怨《うら》もうようもあるまい。十種香の謙信でさえが、「塩尻までは陸地《くがじ》の切所《せっしょ》、油断して不覚を取るな」と戒めているではないか。
しかしながら、世間のこと、他の羨望《せんぼう》するほど気楽でないこともあれば、他の同情するほどに苦痛を感じていないこともある。
この男はこれが商売です――商売という語《ことば》が目ざわりならば、生存の意義とでも、遊戯とでも、なんとでもいって下さい。江戸の市中にある時は、これを夜行なったから誰も見たもの
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