中の辻々、湯屋、床屋の類《たぐい》に配られて、行く人の足を留めているということ。
 その宣伝ビラもまた、小屋がけの規模の大なると同じく、ズバ抜けて大きなものへ、亜欧堂風《あおうどうふう》の西洋彩色絵で、縦横無尽に異様の人間と動物とを描き、中央へ大きく、
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「切支丹《きりしたん》大奇術一座」
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 この宣伝ビラは、宣伝ビラそのものがたしかに人気を集めるの価値がありました。
 幕府の威力衰えたりといえども、西洋の風潮、多少人に熟したりといえども、「切支丹」の文字は字面《じづら》そのものだけで、まだたしかに有司を嫌悪《けんお》せしめるの価値がある。
 果せる哉《かな》。この宣伝ビラの「切支丹」の文字だけに、翌日から張紙がされて、その上に改めて、「西洋」の二字が記されました。
 この興行の勧進元が役所へ呼び出された時に、どんな食えない奴かと思えば、意外にもそれは女で、お上のお叱りに対して、一も二もなく恐れ入り、早速、人を雇うて満都の宣伝ビラを訂正にかからせたのは素直なもので、決してことさらに反抗的に宣伝して、人気を煽《あお》ろうというほどな陋劣《ろう
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