長口上は恐れあり、早速ながら演芸にとりかからせまする」
春日長次郎はかなりの能弁で、一通り由来を述べ終って卓の上なる鈴《りん》を振ると、後ろの幕が二つに裂けて、そこから賑やかな音楽が湧き起りました。
幕があくと、天幕張《テントば》りの漂浪生活の前に、二三のジプシー族の若者が鍛冶屋《かじや》をしている。盛んに鉄砧《かなしき》を叩いているところへ、同じ種族の一人の子供が糸の切れたギターを持って来て、向槌《むこうづち》を打っている男に直してくれと頼む。男が槌をさしおいて、それを直してやって調子を試むると、それに合わせて他の一人が歌い出す。と、子供が踊る。
そこへ禿頭《はげ》の老爺《おやじ》が来て、そう怠けてはいけないと叱る。若者は仕事にかかる。子供はギターを鳴らして歌うと、叱った老爺が踊り出す。それを鍛冶屋が調子を合わせて槌を打ちながら歌う。ゾロゾロと子供が出て来てみな踊る。山の神連(ジプシーの女房たち)が出て来て、ガミガミいう。多分、この御苦労無しの親爺《おやじ》めが、今ごろ何を踊りさわいでいるのだと罵《ののし》るものらしい。親爺は恐縮して逃げながら踊る。子供たちはギターを合わせる。ついには山の神連まで、浮かれて踊る。すべて踊って歌って大はしゃぎになっているところへ、遽《にわ》かに注進らしいのが来る。そこで口早に人々に告げると、皆々|狼狽《ろうばい》して逃げ隠れようとする。
そこへ、花やかな騎士が、従者をつれてやって来ると、ジプシー族は異様な眼をしてそれを眺める。花やかな騎士は、人の名を呼んで誰かをたずねるらしい。ジプシー族はみな首を振って知らないという。騎士と従者は失望して行ってしまう。
ジプシー族は、それを見送って、何かしきりに言い罵っていたが、若い者のうちには、腕を扼《やく》して、そのあとを睨《にら》まえ、追っかけようとする素振《そぶり》を示す者がある。老巧者がそれをささえる。子供は頓着なしにギターを掻き鳴らす。けれども以前のように浮き立たない。
そこへ賑やかな鳴り物が入って、蝶の飛び立つように入って来た一人の少女があった。
黒い髪、ぱっちりした瞳、黄金色《きんいろ》の飾りをしたコルセット、肩から胸まで真白な肌が露《あら》われ、恰好のよい腰の下に雑色のスカートがぱっと拡がると、その下から美しい脛《はぎ》が見える――この少女は息せききってこの場へ駈け込
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