ることができたので、その一夜の物語で何か自分に、非常に力強いものを与えられたような気がしました。
翌日の朝まだき、駒井甚三郎は、この家を辞して行きました。書物は取りによこすからそろえておいてくれるように、自分の居所はまだ明かせないが、そのうちくわしく知らせるからといって……
駒井が例の如く籐《とう》の鞭を振って立去る姿を、門に立った一学は、朝靄《あさもや》の中に見えずなるまで見送っていました。
二十
駒井甚三郎は、生きては再び足を踏む機会はあるまいと思ったわが家へ、計らず帰って見ると、そこにおのずから感慨無量なるものがあります。
連綿とつづいたわが家を、自分の代に至って亡ぼしてしまった。それも、自分にとっては問題にならぬことながら、社会的には無上の汚辱。どう考えても同情の余地のないふしだらのために、一代の嘲笑の的となりつつ葬られてしまった。
よし、駒井甚三郎は、わが身の愚劣と、世間の審判の愚劣とに呆《あき》れ果てて、別に天地を求めて生きるの道はいずれにも開かれているとはいえ、先祖の位牌に塗られた泥土は拭うべくもあるまい。また後代の駒井の家の祭りをここに絶った責《せめ》は免るべくもあるまい。
先祖に済まない――という家族制度の根本をなす思想は、この人を囚《とら》えて窒息せしむるに至らないまでも、決してその良心に安きを与えてはいないはず。
駒井は久しぶりで、わが家の敷居をまたいで、はじめて、この罪の執拗《しつよう》なことを強く感じました。そこで、彼は亡き父と母とのことを深刻に回想してきました。
家門の面目を生命より重しとする武士|気質《かたぎ》においては、父も母も変りはない。
その間に、ひとり子として生れたこのわれを、人並みすぐれた人にしてそだて上げたいとの希望は、世の常の親と同じこと。幸いにして、父母のこの希望は、家を譲る時まで空しくせられずに、ともかくも、このわれというものの生立《おいた》ちを、自慢にはしようとも、恥辱とはしていなかった。「駒井の家、これよりおこるべし」と人も讃《ほ》め、父もひそかに許していたこと。
頑固ながらも、目先の見えた父は、旧来の学問武芸の上に、進んで自分に洋学を学ばしめたこと。もし、父母の存生中にこの事件が起ったならば、父は必ず、われを刺し殺し、父母はさしちがえて死んでしまったに相違ない。
幸か不
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