のためにはあまりに重い。この蓋あるがゆえに、魂がこの石の下で呻《うめ》き泣いている。
我々にとって、この重し[#「重し」に傍点]というものはかなりにこた[#「こた」に傍点]える。死して後にこた[#「こた」に傍点]えるのみならず、生ける間にこた[#「こた」に傍点]えていた。我々凡人は、単に生れどころが悪かったというだけの理由で、ずいぶん、意味のわからない重し[#「重し」に傍点]を、かけ通しにかけられて来たようである。おれ[#「おれ」に傍点]はまだ生きているし、おれ[#「おれ」に傍点]の身体は小さくとも、まだまだ充分その重し[#「重し」に傍点]に堪えられる力はあるつもりだが、お君は死んでしまった。死んで後までもこんな重い物をかぶせて、魂を幽冥《ゆうめい》の下までも咽《むせ》び泣かしむる人間というものの仕様《しわざ》の、愚劣にして残忍なることよ。
そこで、宇治山田の米友が、高さ二丈を数える巨大な五輪塔の上によじのぼって、その風大《ふうだい》の上に足をふまえて、頂上の空輪を取ってのけようとする努力には、彼の持っているあらゆる力が一時に加わりました。
前にいう通り、この五輪の石塔の主《ぬし》の何者だということは、碑面にはまさしく銘《きざ》んではあるが、暮色|糢糊《もこ》たるがために、読むことができなくなっていました。米友としてはこの墓地は、伝通院殿をはじめ、多くは徳川氏系統の貴婦人の墓を以て充たされているということだけの予備知識はあったのですから、無論、この塔も、さるやんごと[#「やんごと」に傍点]なき婦人たちの石塔の一つに相違はないと思っていたのが、いつか知らず、お君の墓ということになってしまっていました。
伝通院殿――なにがし[#「なにがし」に傍点]の高貴なる婦人――高貴ならざる婦人――同時に一般の婦人――ただ一人の婦人――お君――虐《しいた》げられたる女――それが今この重し[#「重し」に傍点]にかけられている。
そこで米友の力には、虐げられた女性のために、一つにはこの圧抑《あつよく》を除き、一つには幽冥の境を撤去開放しようという勇猛力が加わりました。
そうしてこの男は、双の腕に満身の力をこめて、満面に朱をそそぎ、五輪の塔の空輪をグラグラと動かしました。
この怪力を以てすれば、空大《くうだい》を頂上から揺り落すことはできるかも知れない。それが成功すれば、次は
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