たたき殺されているのだが、容易に死なない。今もまだその通りで、おれ[#「おれ」に傍点]が死ぬとは思っていないが、死というものが、見るもめざましく眼前に押寄せて、自分を窒息させようとしているのに、それにまとも[#「まとも」に傍点]にぶつかって、周章狼狽しているのです。
壁を穿《うが》って海を発見したように、土を掘って天を見出したように、お君というものに死なれて、そこから涯《はて》と底との知れない冷たい風が、習々《しゅうしゅう》として吹き出したのに、米友は、恐れ、あわて、おどろき、悲しみ、憂えて、名状すべからざる奇観におちいっているのであります。
そうして、なお悲惨なのは、米友にあっては、この苦痛をまぎら[#「まぎら」に傍点]かす手段のないことであります。真正面からその苦痛と戦って、直接に解決が終るまでは、一時何かの魔睡によって、その神経を眠らせておくということのできない男であります。
その夕方、伝通院の墓地にまぎれ込んだ米友は、墓地の中をあてどもなしに歩き廻って、しきりに墓を動かしてみました。
伝通院は家康の生母水野氏の廟所《びょうしょ》。そこには徳川氏累代の貴婦人の墓が多い。或いは無縫塔、或いは五輪、或いは宝篋印《ほうきょういん》、高さは一丈にも二丈にも及ぶものがあって、米友の怪力を以てしても、ちょっ[#「ちょっ」に傍点]とは動かし難いものばかりであります。
しかし、この男は、それらのいずれともつかずに、しきりにそれをゆすり試みて歩いている。その様、墓を動かして、そこから何物をか聞こうとするもののように見える。
「墓はこの世からあの世へ通ずる道の蓋《ふた》である」と誰やらが教えた。さればこそ、この男は、蓋を開いてあの世の人のたよりを聞きたがっているのだ。
ほどなく米友は、非常に大きな五輪の石塔の前に立っている。石塔の高さは台石ともに二丈もあろう。碑面の文字は、模糊《もこ》たる暮色につつまれて見えず、米友は、呆然《ぼうぜん》として腕組みをしながら、立ってその石塔をながめていると、
「友さアん、この石を取って下さいな、この石があんまり重いので、出ることができませんわ」
米友はハッと自分の耳を疑いました。今の声は果して墓の底から出た声か、それとも自分の耳から出たのか。
「え、何といった」
米友は両手を耳に当てて、屹《きっ》と五輪の塔の空輪《くうりん》の上を
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