寺弥助は、投げ出したような返事。
「あれは、いったい、ほんとうに盲目《めくら》なのか」
 丸山が重ねてなじると、仏頂寺は、
「本物らしい」
「してみれば、君たち三人が、まとまって、ついに一人の盲人のために不覚を取ったという理窟になる――いや、理窟ならまだいいが、現実この通りの始末。剣術というものは、本来、それほど段のあるものか」
「ううん、それをいわれると面目《めんぼく》ないが……」
と仏頂寺弥助はうなり出して、じっと考え込んでいたが、
「術には、さほどの相違もあるまいが、出ようが悪かったのだ」
「出ようが悪い――それは向うのいうことだろう、向うは眼が見えないのだぜ」
「眼は見えないけれども、あれは心得たものじゃ、真剣の立合では神《しん》に入《い》っている、まさに驚くべきものじゃ」
「盲目で……」
「眼のあいた奴の仕事はたいてい見当がつくが、眼の見えない奴の構えは測ることができない。一時《いっとき》、おれは、あいつの構えを見て、ズウッと骨まで寒くなったよ。その瞬間だ、出てくれなければいいがと思っている三谷が出てしまった。出たのじゃない、引寄せられたのだ。そこで案の如く斬られてしまった。あれは眼のあいた奴にはできない芸当だ、あの引寄せる力がめあきにはない。おれも今までずいぶん、命知らずと戦った、また千葉の小天狗栄次郎殿や、練兵館の歓之助殿(斎藤弥九郎の次男歓之助、弱年にして鬼歓《おにかん》の名を得たり)は怖ろしい相手だと思うが、それは怖ろしくとも眼があいている」
「めあきは不自由なものだと、塙検校《はなわけんぎょう》が言った」
 丸山はカラカラと笑ったが、仏頂寺は浮かない。

 また一方、この日の朝まだき、下諏訪の秋宮《あきのみや》の社前は、まがい[#「まがい」に傍点]ものの鹿島の事触《ことぶれ》が、殊勝らしく、
「さて弘《ひろ》めまするところは神慮《しんりょ》神事《かみごと》なり、国は坂東《ばんどう》の総社|常陸《ひたち》の国、鹿島大神宮の事触れでござる。さて鹿島大神宮の一年の御神事《ごしんじ》は、七十二度の御神事、七度の御祭礼とござって、いきがい[#「いきがい」に傍点]、おきどり[#「おきどり」に傍点]、湯様《ゆためし》の御神事と申して、一天地のようだいを申してまかり通る。当年はすなわち天に陽明とござって、日照《ひでり》が六分……」
 七ツさがりに、その日の先触れ
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