して、まずしゃしゃ[#「しゃしゃ」に傍点]り出たのが高部弥三次。
「それはまた何事」
 竜之助が答えると、弥三次はせき[#「せき」に傍点]込んで、
「貴殿は昨夜、下諏訪の孫次郎へ一泊致したでござろうな」
「仰せの通り」
「そうして、貴殿は、あの宿で女をかどわかして[#「かどわかして」に傍点]これへ伴い参ったはず」
「何をおっしゃる」
「我々に向って尋常にその女をお渡しなさい」
 弥三次が詰め寄ると、後ろで仏頂寺をはじめ他の三人がニタリと笑っている。
 そこで、竜之助は黙っていました。このやつらは、いいがかりを考えて来たな、自分たちで企《たくら》んだことを、こちらへ向けて先手にやって来たな。よしその分ならばと思ったのでしょう。
「いかにも女を一人つれて参ったに違いないが――」
「穏かにその女をお渡しなさい」
「渡すべきいわれのない者には渡せない、貴殿らにその女を受取るべき縁故があるなら聞きたい」
「我々はその――女にとっては親戚のものでござる、つまり、親戚のものから頼まれて、あとを追いかけまいったものでござる」
「しからば、その受取りたいという女の身元は?」
「宿の女じゃ、貴殿がかどわか[#「かどわか」に傍点]して、駕籠《かご》に乗せてまいったあの女」
「して、その女の名は何といって、年は幾つぐらい」
「くどい――」
 高部弥三次が一喝《いっかつ》しました。少々離れてあとからついて来た仏頂寺はじめ三人のものは、高部の一喝をおかしいものとして、あぶなく吹き出すところでしたが、やっと我慢していると、大まじめな高部は、
「盗人《ぬすっと》猛々《たけだけ》しいとは貴殿のことだ、人の大事の娘をかどわか[#「かどわか」に傍点]しておきながら、年はどうの、名は何のと……人を食った挨拶」
と言って竜之助の肩へ手をかけてゆすぶると、竜之助は横の方を向いて、
「紙入を一つ拾うたからとて、手渡しするまでには相当に念を押さにゃならぬ、まして人間一人……」
 そのまま歩いて行くと、高部も肩を捕《つか》まえながら邪慳《じゃけん》に歩いて、
「やい、この刀が目に入らぬか、我々のかけ合いは、ちと骨っぽいことを御存じないか。お手前はそのかどわか[#「かどわか」に傍点]して来た女を、あれなる一軒家へ隠して置いて、踏みとどまって我々に応対を致そうとするからには、相当に覚えがあるに相違ない。刀にかけて返答を
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