い[#「おちゃっぴい」に傍点]におなりなさい」
「それから、わたしと組ちゃんとは、質屋と古手屋のおちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]になって、表口から乗込むことにしましょう」
「嬉しいわ、そうして、おちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]が揃って、万夫不当の朝比奈をぎゅうぎゅう言わせてやれば、ほんとに儲《もう》かるわねえ」
「そこへ、裏手から、こっそりと巴御前が現われて、窓口からお金を投げ込んで行くところは浚《さら》われても仕方がない、何でもおちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]になって、朝比奈をギュウと言わせてやりさえすれば胸が透《す》くわ」
 美人連がはしゃぐ[#「はしゃぐ」に傍点]のに、福兄は多少の不服で、
「そうおちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]ばかり出来たって、梶原《かじわら》がいなけりゃお芝居にならねえ」
「そうですね、梶原は誰のものでしょう」
「水芸《みずげい》のお政さんじゃ、少し年功が足りないわねえ」
「いやよ、わたし、梶原なんか大嫌い。同じ梶原でも、梅ヶ枝の源太なら附合ってもいいけれど、敵役《かたきやく》の梶原なんて、第一、わたしの柄にないわ」
「人魚のお作さんでも、憎みが利《き》かないかねえ」
「あれじゃ、あんまり温和《おとな》し過ぎるわ。と言って、蛇使いのお金さんは柄が小さいし」
「そうそう、あるわよ、あるわよ」
「誰?」
「怒られると悪いから」
「かまわないからお言いな」
「でも叱られるといやよ」
「誰も叱るものはいやしない、ねえ、福兄さん」
「ああ、どうして、梶原という役は、あれで色悪《いろあく》にはなっているが、ほんとうはなかなか腹のある奴だから、わりふられたって怒るがものはねえや」
「それじゃ言いましょうか」
「お言い、お言い」
「うち[#「うち」に傍点]の親方」
「なるほど、まあ、その辺だろう」
「そこで錦絵姫が一枚欲しいのだが、おちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]を外《はず》してお姫様をふる[#「ふる」に傍点]わけにもいかず、これも難役だろうじゃないか」
「お姫様なら、わたし代って上げてもいいわ」
「わたしも、おちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]をやめて、お姫様の方へ廻ろうか知ら」
「わたしは、おちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]はおちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]として、お姫様と二役やってみたい」
「まあ、慾張り……」
「静かにおし、梶原様のお入《い》り」
 力持のお勢が眼面《めがお》で知らせたところへ、親方のお角がやって来ました。
 お角が現われると、美人連も急に引締まって、どてら[#「どてら」に傍点]を被《かぶ》って寝ていた力持のお勢でさえも、起きて迎えに出ました。
「勢ちゃん、あんばい[#「あんばい」に傍点]はどうです」
「有難う、格別のこともございません、よくなりました」
「大切《だいじ》におしよ」
 美人連は、そわそわとして持場持場についたり、控《ひかえ》へ出て行ったりして、そこに残るものは福兄とお角の二人だけです。
「福兄さん、よく無事でながらえておいでになりましたね」
「恐れ入りやした」
 福兄は明荷《あけに》のところへ背をもたせて、ちょっとばかり頭を下げて、
「拙者の方でも一別以来、ずいぶんの御無沙汰だが、親方、お前の方でもずいぶん薄情なものだ、化物屋敷が焼けて、御大《おんたい》はあの通り苦しんでいる、我々はみな散々《ちりぢり》バラバラになっているのに、ツイぞ今まで、福はどうしているかと、お見舞にあずかった例《ためし》がない」
「その恨みなら、こっちに言い分が大有りさ。立退き先をあれほど探して歩いたのに、わからないばかりか、わかりきっている行先をさえ、わたしにまで隠そうとなさるなんぞは、水臭いにも程のあったもの、癪《しやく》にさわってたまらなかったのさ」
「それにはまたそれだけの理窟があって、あの当座は、あんまりいどころを人に知られたくなかったのさ。その点は喧嘩両成敗として、御大《おんたい》も実は苦しみ抜いている、一度、見舞に行ってくれないか」
「上りますとも。上ってよければ今日にでもあがりますけれど、そんなわけだから遠慮をしていました」
「もう遠慮は御無用」
「神尾の御前のお怪我はどうですか」
「創《きず》は癒着するにはしたが、なにぶん、眉間《みけん》の真中を牡丹餅大《ぼたもちだい》だけ刳《く》り取られたのだから、その痕《あと》がありありと残って、まあ出来損ないの愛染明王《あいぜんみょうおう》といった形だ、とても、あの人相では、世間へ出る気にはなれないとあって、大将当分は引込んでいるはずだ」
「怖ろしいことでしたね。何しろ、あの時に釣瓶《つるべ》へ肉がパックリと喰付《くっつ》いた有様は、眼の前に物の祟《たた》りを見るようで、ゾッとしてしまいまし
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