天分以外の達人は有りとも、自分の天分以上のものは無いと信じて疑わない。系統格法は論外に置いて、物があらば必ず突き留め得るものと信じて疑わないところに、この男の破天荒《はてんこう》な勇気がきざして来るのであります。我を知るものは必ずや敵を知って、彼はこの勇気を思慮なく濫用するということはありません。
 わからなくなったのは、大道へ武士の魂を抛《ほう》り出して、飲代《のみしろ》にでもありつこうとする代物《しろもの》のことだから、恫喝《どうかつ》は利いても、腕は知れたものだろうとの予想が外れて、悠然として此方《こっち》のかかるのを待っている体《てい》は、やはり米友その者を知らないから、ちょっとばかり腕に覚えのある馬鹿者が、誰かにオダてられて来たのだろうと、多分、先方はその辺に見くびりをつけたのでしょう。それとも事実腕のある大男の剛の者か。そこで、米友はわからなくなったけれども、敢《あえ》て自分の自信を傷つけられたというわけでもありません。
 その呼吸を見て取った武士たるものは、
「待ち給え」
 刀を抜かないで、掌《てのひら》を突き出して米友の槍の出端《でばな》を抑えるようにして、
「君のその槍は、拙者の小手を突くつもりだろう」
 といいました。これには米友がピリリと来て、
「エ?」
といって眼を円くしますと、
「君の槍は奇妙千万で何とも形容ができない。いったい、君はどこでその槍を習った。槍先はたしかに宝蔵院の挙一になっているが、槍そのものの構え方は木下流に似ている、といって気合精神はそれらの流儀のいずれでもない、トンと奇妙千万。まあ、仲直りをしよう、仲直りをして一話し致そうではないか」
 先方から講和を申込んで来ましたが、その時、米友は、
「うーん」
と唸《うな》り出しました。今度は全くわからなくなったのです。武士たるものはいっこう騒がず、
「君、まあ、この辺へ坐り給え。実は君をオドかして済まなかったが、こんないたずら[#「いたずら」に傍点]をしてみたのは、この辺が辻斬の本場になって、世人が迷惑を致すから、ひとつ見せしめを試みて、今後を戒しめようとして、こうして網を張ってみたのだが、求めてみるとなかなか獲物《えもの》はかからない、ところへひっかかった君は、案外の雑魚《ざこ》だと思ったら、実は意外の掘出し物であったのだ。勘弁し給え」
 聞いてみるとなるほどと頷かれる。してみ
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