ちます。
 甚三郎が提灯を突きつけて見ると、つい土台石の下にのめ[#「のめ」に傍点]っている一つの血腥《ちなまぐさ》い死骸があります。長い刀は一間ばかり前へ投げ出しているのに、左の手では手拭を当て、額をしっかりと押えて、その押えた手拭の下から血が滲《にじ》み出して面《おもて》を染めているから、その人相をさえしかと認めることはできないが、まさしく相当のさむらいであります。
 駒井甚三郎は、傍へ差寄って検《しら》べて見ると、すーっと額《ひたい》から眉間《みけん》まで一太刀に引かれて、あっと言いながら、それを片手で押えて夢中になって、ここまで、よろめいて来たものと見えます。よろめいて来て、人の家の戸口と知って、刀を抛《ほう》り出して、その手で戸を二つ三つ叩いたのが最後で、ここに打倒れて、そのままになったものに相違ないと思われます。
 もはや、どうしようにも手当の余地はないと見た駒井甚三郎は、関《かかわ》り合《あ》いを怖れてそのまま戸を閉じて引込むかと思うと、そうでなく、提灯を持って、スタスタと柳橋の方へ進んで行きました。寅吉も、駒井が出て行くのに自分も隠れていられないから、甚三郎のあとを追お
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