い腰を擦《さす》って起き直ろうとした時に、先方のさむらいも同じく後ろに打倒れていることを認めました。しかも、酔っぱらっている道庵は、ともかくも起き直る余裕があるのに、向うへ打倒れたさむらいは、起き上る気力がありません。
「気をつけてもらいたいね」
 道庵はこう言って起き上り、倒れた先方の人のところへ行って見ると、その人は虫の息です。道庵は、よくそんなところへ出会《でっくわ》せる男で、いつぞやも伊勢参りをした時に、やはり、こんなような鉢合せから始まって、宇治山田の米友という珍物を掘り出したのは、この先生の手柄であります。
「そーら見ろ、悪いいたずらをすると罰が当るぞよ、世界の立て直しだぞよ」
と言いながら、虫の息で倒れている人の傍へ寄って見て、
「やア、やられたな、右の肩先をバラリズンとやられたな、手傷を押えて、フラリフラリとここまで、やって来たところを、拙者と鉢合せをしたために手傷が裂けて、こうなったのはまことにお気の毒だ、まあ待ち給え、拙者がお手のもので、ひとつ手当をして進ぜるから」
 道庵は手負《ておい》を抱《いだ》き起して、一方には自分の羽織を脱いで、その肩先の創口《きずぐち》を
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