もないから、多分、二度目でありましょう。してみれば、いつのまにか、一度はこの家の、この女と会うたことがあったのに違いない。
 しかしながら、ほんの訪ねて来たというだけで、二人は別れ別れになってしまいました。大隅は自分の部屋へ来て、気分が悪いと言って寝てしまいました。竜之助は疲労がはなはだしいと言って、他のいずれかの部屋で寝てしまいました。
 その間には、芸妓、幇間《ほうかん》を揚げて盛んに騒いでいる客もあります。一つの間に、たった一人で、しきりに義太夫を語っている者もあります。ひそひそと内密話《ないしょばなし》をしている者もあります。急がしそうに手紙を書いている人もありました。
 竜之助の寝ているところへ、廊下を通った番新が、そっとあけて、屏風の中を覗《のぞ》いて、無事に寝ていることを確めて安心して行ってしまいました。不寝番《ねずのばん》が油を差しに来た時も、ちょっと驚かされたけれども、やっぱり無事に眠っているものだから、安心して行ってしまいました。
 寝返りを打った途端に、右の手の傷がヒリリと痛んだために夢が破れた竜之助は、こんしんからの深い息をついて、痛む傷を押えようともせずに、見
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