お角は、それを思うと、なんだか嬉しいような心持になって、清吉の見えなくなったことよりは、早く甚三郎が帰って来てくれることのみが待たれるのであります。このままでお帰りを迎えては恐れ多いというような心から、床を起き直って、乱れた髪などを撫で上げました。二時間ほどして駒井甚三郎はかえって来ましたから、お角は、
「おわかりになりましたか」
「わからん」
甚三郎は、安からぬ色を深くしていました。
「まあ、どうなすったのでしょう」
「そなたを得たことも不思議だが、清吉を失ったことも不思議だ」
甚三郎がこう言った言葉のうちには、多少の絶望が含まれているようです。
「海の方へでも行ったのでしょうか」
「どのみち、海へ行ったのであろうけれど……」
「お怪我がなければようござんすね、この辺の海は荒いそうですから」
「今宵は、もう諦《あきら》めて、明朝早く探しに行こう。それから、夜中《やちゅう》何ぞ急用でも起った時は、その柱の下にある小さなボタンを、三ツばかり押してみるがよい、それが拙者の枕許まで響いて来る。拙者の方でも、何か用事の起った時は、同じような仕掛で、この丸いものが鳴り出すようにしてあるから
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