けれど、それでも、お浚《さら》いをしないと、人間だって忘れることが多いんだから無理もないわ」
 お君はムク犬の口から、扇子を外《はず》して頭を撫でてやりましたが、
「忘れるといえば、わたし、三味線の手を忘れてしまやしないか知ら。間の山節は、わたしよりほかに歌える人はないんだから、あれをわたしが忘れてしまうと、あとを継ぐ人がない、それではお母さんに済まない」
 お君はこう言ってその扇子を取り直すと、撥《ばち》のつもりに取りなして、左の手で三味線を抱えるこなしをして、口三味線でうたいはじめ、
「大丈夫、わたしは決して忘れやしない」
 淋しく笑って、池のほとりへ出ました。
「ムクや」
 左へ廻って附いているムク犬を、慌《あわただ》しく右の方から尋ねて、
「お前、他見《わきみ》をしちゃいけません、可愛い可愛いわたしのムク犬や、お前、何でもわたしの言うことを聞いてくれますね、お前は一旦覚えた芸は決して忘れやしませんね、だから、一旦お世話になった人も決して忘れやしないでしょう……ほんとに忘れないならば、お前、殿様をお探し申して来ておくれ、わたしを、あの殿様のいらっしゃるところへ、お前、後生だから連
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