》らして、何事をか差図をします。やがて、これらの船人はまた右往左往に船の上を走りました。或る者は筵《むしろ》をさらって左手の垣へ当てて結え、或る者は筵をかかえて船縁へ縋《すが》りつく。
この間に、帆柱からやや離れて上手《かみて》へ廻った背の高いのが、諸手《もろて》に斧を振り上げて、帆柱の眼通り一尺下のあたりへ、かっしと打ち込む。
風下にそれを受けた、背の低いのが、それより五寸ほどの下をめがけて、かっしと打ち込む。両々この暴風雨《あらし》の中で斧を鳴らして、かっしかっしと帆柱へ打ち込みます。暴風雨はいつか二人の腰を吹き倒して、二人は幾度か転げ、転げてはまた起き直り、かっしかっしと打ち込んではまた転びます。
やがて背の高いのが、斧を投げ捨てたと見ると、腰に差していた脇差を抜いて、はっしはっしと帆綱に向って打ち下ろすと、斧で打ち込んでおいた帆柱の切れ目が、メリメリと音を立てて柱は風下へ、さきに苫《とま》や筵《むしろ》を巻きつけておいた船縁《ふなべり》へ向って、やや斜めに※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と落ちかかりました。
こうして船の底へ下りて来た船頭の姿を見ると、真黒くなって呻《うめ》いていた二十余人の乗合は、一度に面《かお》を上げて、
「おい、船頭さん、いったいどうなるんだね、ここはどこいらで、船はどっちへ走ってるんだね、大丈夫かね、間違いはないだろうね」
「皆さん、お気の毒だがね……」
「エ!」
「今日の暴風《しけ》は只事じゃあございませんぜ、永年海で苦労した俺共《わっしども》にも見当がつかなかったくれえだから、こりゃ海の神様の祟《たた》りに違えねえ」
「エ!」
「もう船の上で、やるだけの事はやっちまいましたよ、積荷もすっかり海へ投げ込んでしまった、わっしどもも髷《まげ》を切ってしまった、帆柱も叩き切っちまった、そうして船はもう洲崎沖《すのさきおき》を乗り落してしまった」
「何だって? 洲崎沖を乗り落したんだって? それじゃあ、もう外へ出たんだな」
「うむ、もうちっとで外へ出ようとして、巴を捲いているんだ」
「南無阿弥陀仏」
中から一人、跳り上って念仏を唱えるものがありました。それを音頭として、つづいて題目を声高らかに唱え出すものがあります。四辺《あたり》かまわず喚《わっ》と声を上げて泣き立てる者もありました。
「まあまあ、皆さん、ま
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