て帰らねばならぬと思って、四方《あたり》を見廻して突立っていました。米友はまだこんなところへ来たことはないから、そこで暫らく方角を考えて立っていました。
田圃の真中に立って米友は、ここで梯子の必要がなくなってみると、どう処分するか。それは心配するほどのものはなく、無雑作《むぞうさ》に梯子の一端に手をかけると、それを二つに折ってしまいました。それは本来折れるように出来ている梯子で、二つに折ったのをまた四つに畳みました。なんでもないことで、こうして米友の梯子は折畳みができるようになっている。四つに畳んでしまった後に、桁《けた》は桁、桟《さん》は桟で取り外して、それを一まとめにして、懐中から麻の袋を取り出して、それで包んで背中へ無雑作に投げかけました。物事は他《はた》で見るほど心配になるものではなく、どうするかと見ていた梯子の問題は、米友の一存で手もなく片づけてしまいました。
その畳梯子を背中に背負った米友は、手拭を出して頬冠《ほおかぶ》りをして、尻を引っからげてスタスタと田圃道を歩き出しました。
ここで地の理を見ると、右手は畑、左は田圃になっていました。右の方は畑を越して武家屋敷から町家につづいているものらしく、左の方を見ると、そこに一廓《いっかく》の人家があって、あたりの淋しいのにそこばかりは、昼のようにかがやいているのを認めます。
「おい、駕籠屋《かごや》」
後ろから呼びかけたものがあります。
「駕籠屋?」
米友は振返ると、二三人づれの侍らしくあります。
「やあ、駕籠屋ではなかったか」
米友の姿を見て行き過ぎてしまいました。米友は、自分が駕籠屋に間違えられたと思って怪訝《けげん》な面《かお》をして、それをやり過ごしてしまうと、
「もし、旦那、吉原までお伴《とも》を致しやしょう、大門《おおもん》まで御奮発なせえまし、戻りでございやすよ」
この声は駕籠屋であります。前には駕籠屋と間違えられて、今度は駕籠屋から呼び留められました。
「おやおや、子供か、お客様じゃあねえんだ」
駕籠屋はこう言って、米友を通り抜いてしまいました。
ここをいずれとも知らず、わざとウロウロ歩いていた米友。今の駕籠屋の間違って勧めた言葉によって、
「ああ、そうか、あれは吉原だな」
と感づきました。吉原の名は、さすがに米友も国にいる時分から聞いていないことはない。幸い、道草を食って行
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