います。その行先でございますか、それはわかりません、いずれ山また山の奥の方へ連れて行かれたんでございましょう」
金助の白状は嘘《うそ》か真実《まこと》か知らないが、神尾主膳が恨みの者の手によって生捕られたことは、信じ得べき根拠があるようです。
けれども、それは兵馬が強《し》いて突き留めたいことではありません。神尾が果して机竜之助を隠匿《かくま》っているかいないかということを知りたいのが、兵馬の唯一の望みであります。しかし、不幸にしてそれは金助が全く知らないことでした。兵馬の失望したのは、全く竜之助は神尾の屋敷にいなかったと見るよりほかは仕方がないからであります。少なくともあの火事の晩に避難した者の中には、机竜之助があったと想像することはできませんでした。
「そういうわけでございますからね、私共は実は金《かね》の蔓《つる》を失ったわけなんでございますよ、神尾の殿様を種無しにしたんじゃ、これから先が案じられるのでございましてね、山ん中へ探しに行こうかとこう思ってるんでございます」
金助はようやく起してもらって、こんな愚痴を言いました。
「お前は今、どこに奉公しているのだ」
「私でございますか、私は今はどこといって奉公をしているわけではねえのでございます、神尾の殿様のお出入りで、どうやらこうして気儘《きまま》に飲食《のみくい》ができて、ブラブラ遊んでいるのでございますよ、当分は、躑躅ケ崎のお下屋敷の片《かた》っ端《ぱし》をお借り申して、あすこに住んでいるのでございます」
「どうだ、その躑躅ケ崎の屋敷とやらへ、拙者を案内してくれないか」
「そりゃよろしうございますけれど、お前様はいったいどちらのお方で、何のためにそんなに神尾様のことをお聞きになるんでございます」
「そんなことは尋ねなくともよい、今晩は拙者をその躑躅ケ崎へ案内して、お前の寝るところへ泊めてもらいたい」
「そりゃ差支えはございませんがね、なんだか気味が悪いようでございますね」
兵馬はこうして金助を嚇《おどか》しながら先に立てて、躑躅ケ崎の下屋敷へ案内させました。それから屋敷のうちを、やはり金助を嚇して案内をさせて調べてみたけれど、神尾の家来が数人詰めているだけで、別に主人らしい者もありとは見られず、また自分のめざしている人が隠れているらしくも思われませんでした。この上は詮《せん》ないことと思って兵馬は、
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