るとおっしゃったって、そこはこの金助でなければわからないのでございます、そこが金助の価値《ねうち》なんでございます」
酔っているとは言いながら、この金助の言うことは何か心得面でありました。だから兵馬はいよいよ好い獲物《えもの》と思って、
「ところで金助どの、お前に折入って頼みたいのだが、特別に拙者だけを神尾殿に引合せてくれまいか、内々で、ぜひともお話を申し上げねばならぬことがあるのじゃ」
「へえ、それはまた、どういうことでございましょう。しかし、それはせっかくでございますが、どうもそのお頼みばかりは駄目でございますよ、エエ、そりゃもう」
「左様なことを言わずに会わしてくれ」
「会わしてくれとおっしゃったところで、いねえ者はお会わせ申すことはできねえではございませんか」
「ナニ、神尾殿はおらぬと? では、躑躅ケ崎においでになるというのは嘘か」
「エエ、なんでございます」
「今、お前は、神尾殿は躑躅ケ崎の下屋敷に立退いておいでになると言ったではないか」
「そう申しましたよ」
「そんならば、拙者は会いたいのじゃ、会って直々《じきじき》にお話し申したいことがあるから、それをお前に頼むのじゃ」
「なるほど」
「さあ、お前が躑躅ケ崎へ行くというなら、拙者も徽典館《きてんかん》へ行くことをやめて、お前と一緒に躑躅ケ崎へ行く、案内してくれ」
「そいつは困りましたな、そんな駄々をこねて下すっては困ります、お帰りなさいまし、ここからお帰りなすっておくんなさいまし」
「金助!」
兵馬は金助の手首を取って、グッと引き寄せました。
兵馬に強く手首を取られたものだから、金助は狼狽《うろた》えました。
「ナナ、何をなさるんで」
「拙者を躑躅ケ崎まで連れて行ってくれ」
「そりゃいけません」
「なぜいかんのだ」
「そりゃいけません」
「神尾主膳殿に会いたいのだ」
こう言って引き寄せた兵馬の言葉が、あまりに鋭かったから金助もやや激昂《げっこう》して、
「おやおや、お前様は、私をどうしようと言うんで。おや、お前様は鈴木様の御次男様ではねえのだな」
「金助、ほかに見覚えはないか」
「知らねえ」
「よく考えてみろ」
「何だか知らねえけれど、放しておくんなせえ、放さねえと為めになりませんぜ、それこそお怪我をなさいますぜ」
金助が振り切ろうとするのを兵馬は、地上へ難なく取って押えました。
「金助」
「
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