りに痛むけれども、今どこにドレだけの怪我したものかわからないのであります。
とにもかくにも屋根の棟へとりついた竜之助は、そこでホッと息をついて面を撫でてみたが、その創《きず》の大したものでないことを知り、水に浸ったわが身を身ぶるいしたのみであります。四辺《あたり》の光景がどうであるかということは一向にわかりません。またいずこに向って助けを呼ぼうとするものとも見えません。ただ自分を載せているこの家が、徐々として動いていることがわかります。出水の勢いは急であったけれど、家の流される勢いはそれと同じではありません。
続け打ちに打つ半鐘の音は、相変らずけたたましく聞えるけれども、さきほどまで遠近《あちこち》に聞えた助けを求むる声と、それに応《こた》うる声とはこの時分は、もうあまり聞えなくなりました。面憎《つらにく》いことは、この時分になって雨の歇《や》んだ空の一角が破れて、幾日《いくか》の月か知らないけれども月の光がそこから洩れて、強盗提灯《がんどうぢょうちん》ほどに水の面《おもて》を照らしていることであります。
その月の光に照らされたところによって見れば机竜之助は、屋根の棟にとりついたまま、さも心地よさそうに眠っていました。月の光に照らされた蒼白い面《かお》の色を見れば、眠っているのではない、ここまでやっとのたり着いて、ここで息が絶えてしまったのかも知れません。屋根はそのままで流れてはとまり、とまっては流れて、笛吹の本流の方へと漂うて行くのであります。
屋根は洪水《おおみず》の中を漂って行くけれど、それはほかの家につっかかり、大木の幹に遮られ、山の裾に堰《せ》き留められて、或いは暗くなり、或いは明るくなり、或る時は全く見えなくなったりして、極めて緩慢に流れて行くのであります。
二
一夜のうちに笛吹川の沿岸は海になってしまいました。家も流れる、大木も流れる、材木や家財道具までも濁流の中に漂うて流れて行くうちに、夜が明けました。
人畜にどのくらいの被害があったかはまだわかりません。救助や焚出しで両岸の村々は、ひきつづいて戦場のような有様であります。
恵林寺の慢心和尚は、法衣《ころも》の袖を高く絡《から》げて自身真先に出馬して、大小の雲水を指揮して、百姓や見舞人やを叱り飛ばして、丸い頭から湯気を立てています。
雲水どもは土地の百姓たちと力を
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