から、手前の勝手にしてみるがいい、懲《こ》りてみるのも薬だ」
「有難え」
 二人で一緒に仕事をするはずであったのが、ここで二つに分れて仕事をすることになります。
 ここで二人のよからぬ者が手筈《てはず》を分けて、一方は火薬製造所の普請場の方へと出かけて行き、一方はまた扇屋をさして出かけて行くことにきまったらしくあります。
 がんりき[#「がんりき」に傍点]の方は、心得て直ぐさまその場から姿を隠したが、七兵衛は少しばかり行って踏みとどまり、
「野郎、いったい何をやり出すんだか」
と言って、七兵衛は普請場の方へ行こうとした爪先を変えて、がんりき[#「がんりき」に傍点]が出て行った方へ素早く歩き出したところを見ると、そのあとをつけて、あの小ざかしい片腕が、何を見つけて何をやり出すのだか、それを突留めようとするものらしくあります。
 ややあって七兵衛は、音無川の岸の木蔭の暗いところから、扇屋の裏口を覗《のぞ》いて立っていました。どこといって起きている家はなく、そうかと言って、いまがんりき[#「がんりき」に傍点]が忍び込んでいるらしい物の音も聞えません。けれども七兵衛は、この口を守って、中からの消息《たより》を待って動かないのは、何か自信があるらしいのであります。
 果して縁側の戸が一枚あけてあったところから、人の頭がうごめき出でました。
「出たな」
と言って七兵衛は微笑《ほほえ》みました。
 なるほど、それは人影である。闇の中でも慣れた目でよく見れば、中から這い出すようにして庭へ下りる人は、小脇に白い物を抱えていることがわかります。その物は何物であるかわからないけれども、それを片腕に抱えて、極めて巧妙に家の中から脱け出して来たものであることが一見してわかります。
 七兵衛は、じっとその様子を見ていました。果してその黒い人影は庭へ下り立ったが、そこで前後を見廻して暫らく佇《たたず》んでいました。
 待っていたこの裏木戸へ来たら、出会頭《であいがしら》に取って押えてやろうと、ほほえんでいた七兵衛のいる方へは、ちょっと向いたきりで人影は、庭の燈籠《とうろう》の蔭へ小走りに走って行くと、急に姿が見えなくなりました。
「おや?」
 七兵衛は少しばかり泡《あわ》を食って、再び眼を拭って見たけれど、それっきり人影が庭から姿をかき消すようになってしまったから、
「出し抜かれたかな」
 木の繁みから音無川の谷の中へ下りて見たところが、そこに忍び返しをつけた塀があります。
「こいつはいけねえ」
 七兵衛はその下を潜ろうか、上を乗り越えようかと思案したけれど、それは咄嗟《とっさ》の場合、さすがの七兵衛も、どうしていいかわからぬくらいの邪魔物でありました。
「ちょッ」
 仕方がないからわざわざ岸へ上って、家のまわりを、遠くから一廻りして表へ出て見ました。
 こうして前後を見廻したけれど、いま庭で立消えになったがんりき[#「がんりき」に傍点]の姿は、いずれにも認めることができません。
「野郎、まだ中に隠れているな、おれがあとをつけたことを感づいたもんだから、この屋敷の中で立往生をしていやがる、それともほかに抜け道をこしらえておいたものか、それにしては手廻しがよすぎるが、どうしてもあの裏手よりほかに逃げ道はねえはずなんだが……ハテ」
 七兵衛は、また裏の方へ廻って見ました。そこでもまた再びその影も形も認めることができないから、ともかくも中へ入ってみようとする気になったらしく、そっとその木戸を押してみると、雑作《ぞうさ》なく開いた途端に、
「泥棒、泥棒、泥棒」

 泥棒、泥棒と騒ぎ立てられた時分には、七兵衛もがんりき[#「がんりき」に傍点]も、さいぜんの権現の稲荷の社前へ来ていました。
「兄貴、細工は流々《りゅうりゅう》、この通りだ」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は社前のところへ腰をかけて自慢そうに鼻うごめかすと、七兵衛も同じように腰をかけて苦笑い。
「いったい、そりゃ何の真似だ」
「何の真似だと言ったって兄貴、お前と俺《おい》らが甲府でやり損なった仕返しが、どうやらここでできたというもんだ、自分ながら思い設けぬ手柄だ、兄貴の前だけれども、こういうことはおれでなくってはできねえ芸当なんだ。そもそもここへ連れて来た女というのを、兄貴、お前はいったい誰だと思うんだ、お前のその皮肉な笑い方を見ると、またおれが女中部屋の寝像《ねぞう》に現《うつつ》を抜かして、ついこんな性悪《しょうわる》をやらかしたように安く見ていなさるようだが、憚《はばか》りながらそんな玉じゃねえんだ。もっとも、おれもはじめからその見込みで入ったわけではなし、兄貴の差図で入ったのだから、手柄の半分はお前の方へ譲ってもいいようなものだが、兄貴だって、この代物《しろもの》がこの通りということはまだお気
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